Interview 034
Kaoru Yokoo
日常にあふれるすべてが、
作品づくりの源となる。
May 20, 2022
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。刺しゅうやかぎ針編みなどの手法を用い、独自の視点で切り取った世界を表現する横尾香央留さん。偏頭痛をテーマにした個展にお邪魔し、今回の展示やこれまでの経歴についてお話を伺いました。
ーー横尾さんはいつ頃から今のような仕事をしようと考えていたのでしょうか。
小学生の時にファッションのおもしろさに目覚め、洋服関係の仕事に就きたいと思っていました。「それなら文化だね」と母や姉に薦められ、それ以外の選択肢を考えることもなく、私服だからという理由で選んだ中学高校を卒業し、晴れて念願の文化服装学院に入学を果たしました。ところが入ってから布が苦手ということに気が付いて(笑)。焦って編み物を試してみたところ「これならいけるかも」と、2年目からはニットデザイン科に進みました。
4年生になってからアパレルブランドのアトリエに週に1回お手伝いで行くようになり、途中で学校は辞めてそのまま入社しました。小さなアトリエだったので検品や納品準備もやりつつ、手作業を担当していました。最初に任された手作業は、裏地が重みで出てきてしまうスカートのウエスト部分にブランケットステッチをひたするするという内容でした。100着ぐらいは刺したと思います。3年半在籍した後もしばらくお手伝いを続けていました。
ーー自身の作品づくりだけでなくお直しもされていますが、お直しは何がきっかけで始めたのでしょうか。
アトリエにいたときにお客様から破れた洋服が届き、縫製工場に持って行っても直せないと言われ困っていたスタッフから「横尾さん何かできる?」と聞かれた事がきっかけとなりました。その延長で個人でも受けるようになったので(現在お直しはお引き受けしておりません)、気が付いたらなんとなくという流れで今に至ります。当時はそのブランドの世界を壊さないように、気をつけて直していました。着てもらえなければ意味がないので、目立たせたいか馴染ませたいかなどといった大まかなリクエストは確認するようにしています。アイデアがすぐに思いつくものもあれば、そうでないものがあるので、そんな時はアイデアが降りてくるのを散歩しながら待ちます。
ちょうどアトリエをやめたのと同時期に、手芸本のお手伝いもしていて、色々と出したアイデアの中から本に入りきらなかったものをまとめて、初の著書『プレゼント』を出版しました。
ーー横尾さんは様々な手法を用い作品を作っていますが、どのような肩書きで活動されているのでしょうか。
自分でもよく分かっていないので、名刺には何も書いていないんです。どうしても何か名乗らなければいけないときは手芸家と言っていましたが、今後どうなっていくかは分かりません。その時の作品に合わせて刺しゅうとニットを混ぜることも多いですし、文章があって成立する作品もあります。
ーー今回の個展「migraine aura(マイグレイン・オーラ)」(会期:2022年3月26日-4月17日)について教えてください。
長年偏頭痛に悩まされているのですが、せっかく辛い思いをしているのならそれをテーマに展示をできないかと思い、今回の内容になりました。偏頭痛を予防するために様々なことをしているのですが、水泳もそのひとつで、この1,050mという作品はある日の水泳メニューを刺しゅうにしたものです(写真上から1枚目)。おばあちゃんたちと一緒に泳ぐような水泳教室に週1で通っていて、十数年続けているおかげで肩こりからくる頭痛はほとんどなくなりました。他には服用している薬の5年分の記録を1枚にまとめて刺しゅうした作品、一万歩を目標にしている日課の散歩の歩数を刺しゅうしたカレンダー状の作品などを制作しました。ビーズが付いている日は旅に出ていた日で、ほぼ1カ月ビーズになっているのはニューヨークに滞在していた期間です(写真上から2枚目)。
こちらは、偏頭痛がおきた時に舐めたくなる塩や飲みたくなるドリンク、冷却グッズなどのラベルに書いてあるコピーをポケベルコードに変換し、刺しゅうしたものです(写真上から3枚目)。小さい額縁の作品は、偏頭痛薬が効くまでの間「神様ごめんなさい」ととりあえず何かを詫び続け早期回復を乞う習慣から生まれました。日本語以外にも英語やフィンランド語など数カ国の神様という言葉を同じくポケベルコードに変換し刺しゅうしたものをレース編みで立体的にしました。普段椅子にもたれかかったり床にうずくまりながら詫びるため、低い位置に展示してあります(写真上から4枚目)。
ーーポケベルコードが頻繁に出てきますが、何か理由があるのでしょうか。
ちょうどポケベル世代で、学生時代に使っていました。コード表が頭の中にインプットされているので、文字を見ればすぐに数字に変換してしまいます。デジタル時計を見ると反射的に割り算をするので、たぶん数字が好きなだけなんだと思います。 特にポケベルコードに深い意味があるわけではなく、ただの表現手段です。
ーー会場の2階では、過去の作品の一部を紹介しているんですね。
エコバッグの作品は、ユトレヒトという本屋さんで展示したときのものです。エコバッグがいっぱいたまってしまって「どうにかしたい」と思っていたのと、本屋さんでの展示だったので、お店に置いてある本から自由に何冊か選び、それぞれの本専用のバッグにしようと思い制作しました。こちらは、架空のカップルの取るに足らない遺品の数々をまとめた写真集用のバッグなのですが、きっと結婚当初はこういう気持ちだったのではないかと思い『賢者の贈り物』という小説をイメージし制作しました(写真上から5枚目)。片面には旦那の象徴としてネクタイ生地の写真をスパンコール状にした物を、もう片面には妻の象徴としてレースのハンカチとヘアピンを使用しました。
他には、お客さんに選んでもらった1つの編み地と3つの特徴から生き物を生み出す「変体」というプロジェクトの作品や、銀座にある月光荘画材店のウィンドウ用に制作した花瓶なども展示しています。
ーーアイデアもアウトプットも様々な、たくさんの作品を手がけていますね。中でも特に思い入れのあるものはありますか。
30歳になる100日前から、カウントダウンで1日1ステッチした作品です(写真上から6枚目の左下)。使いかけの糸をいつも持ち歩いているのですが、その中から1つを選んで使い切るというルールを決めて刺していました(写真上から7枚目)。こちら(写真上から6枚目の右上)は40歳になるときの100日間の記録で、靴下を買った日には靴下についていた留め具を縫い付けたり、文旦の皮やマスキングテープなどその日に手元に残った物を使ったりしています。あまり物を捨てられない性格なので、身の回りにある様々なアイテムを活用しています。また、生地の表だけでなく裏も好きで、今回はあえて裏が見えるように展示しました。50歳60歳と続けていきたいと思っています。
ーー横尾さんは旅行もよくされているイメージですが、いつ頃から旅行するようになったのでしょうか。
30代になってからひとり旅をするようになりました。期日がないと永遠に作業ができないので、道具を全部持って行って旅先でやるという、ひとり合宿をしなければと思ったのがきっかけです。なので、旅先では特に観光などはせず、そこで暮らすように生活しています。海外はパリ、フィンランド、ニューヨークに1カ月ずつ滞在しましたが、現地に住んでいる知人に滞在先を紹介してもらったり、不在にする期間だけ部屋を貸してもらったり、何かのご縁があって行くことが多いです。
ーー今後、何か挑戦してみたいことがあれば教えてください。
誰かへのプレゼントを作るのが好きなので、プレゼント屋さんのようなものもやりたいです。「何かをあげたいけれど、何を選んだらいいか分からない」という人の話を聞いて、その人に合った贈り物を作ってみるような企画をしてみたいですね。
text:藤枝梢
photo:湯浅亨
取材後記
横尾さんの存在を知ったのは、もう10年以上前のことだと思います。ぼんやりとした記憶で、わたしの記憶が前後してしまうところがあるので、どの記憶が1番最初かわからないのですが、何かの媒体で写真を見たことがはじめだったように思います。
同い年で、共通の知り合いもいるようで、お名前を聞く機会もたびたびありました。
ずっと気になる存在で、ZINEや書籍を見かけると手に取り、買い求める片想いのような時間が長く続きおよそ5年前、今回と同じ会場(Gallery A)での展示を見に行った際に、ご本人にお会いすることができました。とってもシャイな印象で、口数も少ない方なんだろうなっと思ったのと、わたしのずっとお会いしたかった気持ちと人見知りということもありそのときは、少しだけお話させていただいたのをよく覚えています。
ずっと見たかった実際の作品を目の前に『やられたぁ』っという気持ちと、『やっぱり素敵!』という高揚感みたいなものがありました。うまく説明できる自信がないのですが、すきなところはたくさん語ることができます。
まず、文章がすばらしい!取材時には、「そんなに読書家ではないと思う」とおっしゃっていたので、この心地のいい文章は天性のものなのだと思います。そして、横尾さんの作品は、奇を衒っていないけど、ハッとさせられるものがあります。用いている手法は、特別なものではないのだけれど、横尾さんの手にかかると、『こんな見慣れたものがこんな風に魅力的になってしまうのか!』っという驚きに満ちているのです。
お話を聞いて感じたのは、変に整理しすぎず、無理をしすぎず、時に与えられた、時に自分で見つけた課題にじぃ〜っと向き合って大切に丁寧につくられるからなのだと思いました。
これまでお会いした誰よりも、日常の些細なことも大切に、そして、刺しゅうや編み物が食事をするのと同じくらい身近にあって暮らしが全てつくるにつながっているのだと感じました。
取材の終わりの方におっしゃっていたプレゼント屋さんのこともとっても気になっています。いつかわたしもお願いする機会があったらいいな。
横尾さんの作品の魅力はまだまだ語りつくせませんが、ぜひみなさんにも実物を見て、感じていただきたいです。
atsumi
Kaoru Yokoo
1979年東京生まれ。ファッションブランドのアトリエにて手作業を担当した後、2005年に独立。吉祥寺に作業場を構え、刺しゅうやかぎ針編みといった様々な手法を用いてお直しを行なう。著書に『プレゼント』(イースト・プレス)、『お直し とか』(マガジンハウス)など。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。