Interview 011
Kanae Entani
人の手でつくられたものは
古くなっても、愛おしい。
Jun 15, 2018
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。第十一回目は、イギリスで刺しゅうを学び、現在日本で、刺しゅう作家として活躍するKanae Entaniさんに登場いただきました。Entaniさんがデザインしてくれた刺しゅう模様も、このページの最後に紹介していますので、是非あわせてチェックしてみて下さい。
——イギリスの大学で、刺しゅうを学ばれたそうですね。
はい。高校が東京にあったので、もっと違う世界を見てみたくて、海外へ行きたいと思っていたんです。留学したいと先生に相談したら、『英語だけを勉強するのではなくて、英語で“何を”勉強するのかを考えなさい』と言われて。そこで初めて、自分は何がやりたいのか、じっくり考える機会があったんですね。小さい頃、手芸の本を買ってもらってテディベアをつくったり、手を動かすことやデザインやファッションが好きだったことを思い出したんです。
イギリスの美術大学へ進学して、テキスタイルデザイン科でニットを専攻していたんですが、ニットってとても数学的で、編み目をたったひとつでも落としてしまうと違うかたちになってしまうんですね。そんな時、絵を描くみたいに糸を重ねてもいい刺しゅうの自由さに魅力を感じて、どんどん刺しゅうをやるようになっていきました。 *そのころに制作されたのが写真一番上と二番目のもの。
イギリスの場合、日本の大学のようにカリキュラムがきちんと組んであるわけではなく好きに作っていいんですね。自分のやりたいこと、好きなものを探していくうちに刺しゅうにたどり着いたので、やり方はほぼ独学。つくりたいという気持ちがまず自分のなかにあって、それに合った技術を自分で探してくる、という感じでした。大学に4年、大学院に2年いて、デザイナーの元でアシスタントをしながら、フリーランスでNikeなどの刺しゅうの仕事をするようになり、2年後の2011年1月に日本へ帰ってきました。
——日本で刺しゅう作家として始めるきっかけは何だったんですか?
帰国後、就職しようと考えていたんですが、震災があったことで色々と気持ちに変化がありました。それで、まずは自分が今までつくってきた作品を展示して見てもらおうと個展を開いたら、いろんな方に見ていただけて。それを機に、ほかの場所での展示も決まり、刺しゅう作家として活動していこうと決めました。
—— Entaniさんのモチーフは、どこかで見たことがあるような不思議な世界観があります。
「空想と現実のあいだ」と、ある方に表現していただいたことがあるんですが、自分のフィルターを通したら、どんな現実のものでもファンタジーになってしまうんです。お花のモチーフが多いのは、イギリスの影響が大きいと思います。
イギリスのおうちのお庭にはよくお花が咲いていたんですね。そうしたイギリス時代の思い出が自分の中にいまも深く残っていて、作品づくりのベースになっています。その頃はまだスマートフォンもSNSもない時代でしたし、自分が見ている世界や出会う体験がすべてでした。特に古いものが好きだったので、毎週のようにマーケットに出かけて行っては、古い刺しゅうを集めたりするのも好きでしたね。
——古い刺しゅうの魅力って何でしょう?
真新しいものより、褪せた色合いとか、風合いとかがいいなって。人の手でつくられたものって、ちょっと古くなってしまったものでも愛おしい。むしろ味わいが生まれて、それが魅力になる。刺しゅうは古くなっても意外ときれいに残っているものが多いので、時を経てまた違う人のもとへと渡って循環していくのもいいなって。
イギリス人は全然ものを捨てないんです。あげたりもらったり、自然と古いものが残っていく文化なんですよね。
――最後に、刺しゅうミシンがあったらどういうふうに使ってみたいか教えてください。
手刺しゅうではなかなかできないことがしてみたいですね。お気に入りの模様をいろいろな色でつくってみたり、フェルトに刺しゅうして、ワッペンにしたり。枕カバーやベッドカバーなど、大きいものに刺しゅうしてみたりしたいですね。
text:大隈祐輔 photo:清水将之
Kanae Entani
19歳の時に渡英し、刺しゅうを学ぶ。大学を卒業後、Donna Wilson, Lizzie Finnなどのもとでアシスタントをして独立。Nikeのプロモーション用の刺繍アートワークを担当するなどフリーランスで活動する。2011年に帰国し、個展を中心に刺繍アーティストとして活動を始める。その他、ファッションブランド 「mother」に刺繍デザインを提供、2013年にはNHK EテレのCMの刺繍アートワークを担当するなど活動の幅を広げている。著書に『花と動物の刺繍と布小物』(2015年、コスミック出版)がある。
Creator’s Motif
Designed by Kanae Entani
このKanae Entaniさんがデザインした刺しゅうデータは、刺しゅうダウンロードサービス「ハートステッチズ」からダウンロード可能です。※会員登録後、有料での販売となります。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。