Interview053

juno

juno

刺しゅうのシンプルな仕組みに感激。
だからこそ、あえて効率を追求しない。

March 21, 2024

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。学生時代から自分の洋服を手作りしていたというjunoさん。様々な書籍でも紹介されているスミルナステッチの作品や、刺しゅうとの向き合い方についてお話を伺いました。


ーーjunoさんが現在の活動を始めるようになった経緯を教えてもらえますか。

高校を卒業後は一般の大学に進学し、哲学や心理学を学んでいました。ずっとものづくりは好きで、大学時代は時間にも余裕があったので自分で洋服や小物を作っていました。文化祭で友人と一緒に屋台みたいな形でお店を出し、手作りした巾着などの小物を販売したら予想以上に売れ行きがよく、こういうアナログなやり取りでお金を稼ぐシンプルさに惹かれました。

大学を出た後はケーキ屋に就職したのですが半年ぐらいで辞めて、バイトをしながら手に職をつけるにはどうしたらいいか考えていました。絵を描くのも昔から好きだったので、1年間バイトしてお金を貯め、当時東京の新宿にあったセツ・モードセミナーに通うことにしました。ただ、天才肌タイプの人が多く周りの人の絵がすごすぎて、絵でいきなり仕事をもらうのは私には難しそうと感じていて。そんな中、自分で作ったバッグを持って雑貨屋に行ったときに「売ってみれば?」と声をかけてもらえ、こっちの方向で好きなものを作って、生活の足しになればいいなと思うようになりました。当時はハンバーガー屋でバイトをしており、地下のスペースを自由に使わせてくれたり、お店で展示をさせてくれていたんです。地下には大きい机があったのでそこで製図をしていて、広い作業場所があったので洋服など大きいものを作るのもはかどりました。

ーー洋服の制作についてはどこかで勉強されたのでしょうか。

完全に独学です。学生のときはお金が無かったので着るものを自作していたし、当時は青文字系の雑誌でリメイク特集をよくやっていたので、簡単にできておしゃれなアイデアを参考にしながら作っていました。それまでは手芸家という職業があることも知らなかったけれど、既製品にはない特別なものと書かれているのを見て、新しいビジョンがインストールされました。「お金がないから手作りしている。手作りは既製品よりも下」というイメージだったのですが、「どこにも売っていないスペシャルなもの」というイメージに変わってきて。みんなが欲しくなるような素敵なものを作り出すことができるんだと思うようになりました。

『かわいいクチュールリメーク』という本に載っているこのキャミソールなんかはたくさん作りましたね(写真上から1枚目)。かわいいハンカチが無ければ、刺しゅうしてハンカチから作ってみたり。最初は洋服のポイントとして刺しゅうをしていたのですが、段々と刺しゅうがメインに変わってきて現在のような形に落ち着きました。

ーーjunoさんの作品にはスミルナステッチ※がよく使われていますが、何か理由があるのでしょうか。

毎年ミモザを見るたびに洋服にしたらかわいいだろうなと考えていたのですが、線ではなくふわふわさせたいなと思っていて。昔から持っている『刺繡のABC』という本の表紙にスミルナステッチの作例が載っているのですが、作り方は載っておらず……(写真上から2枚目)。ひょんなことから何かでやり方を見つけて、長年思い描いていたミモザからやり始めました。時間がかかるし面倒なので当時はほとんど誰もやっておらず、私は時間だけはあったので他の人がやらないことをやろうと考え、突き詰めていくうちにもふもふの人みたいになってきました(笑)。もう慣れたので、意識しないでも大体同じぐらいの長さでループを作れるようになりました。今は制作途中ですが、はさみで切ると大分雰囲気が変わります(写真上から3枚目)。
※糸でループを作って刺し進めていく刺しゅう技法。ループの長さを変えたり、ループ自体をカットしたりすることでボリューム感が出せる。

ーー今回の刺しゅうはブラウスの襟部分なんですね。毎回下書きを描いているのですか。

描いているときと描かないときがあるのですが、全体のバランスを見たいときは描くようにしています。セツ・モードセミナーに通っているときに才能がある人を見過ぎて絵は挫折してしまったので、真っ白なキャンバスにひとつの世界を描き出すというのは未だに苦手意識があります。ですが、洋服の場合は胸にワンポイントだったり襟に模様をいれたり、見せられる場所や配置も限定されるので描いていて楽しいですね。あくまで洋服の柄としてですし、刺しゅうだとテクスチャーも伝わるので、ただ絵を描くのとは違う面白さがあります。

ーーミモザなどの植物の他に、動物もモチーフとしてよく選ばれていますよね。動物を刺しゅうするときに気を付けていることなどはありますか。

キャラクター化した動物も好きだけど、骨張った部分や、皮膚の薄い感じも表現したいので、スミルナステッチでふわふわさせる部分と平面のままにする部分とで分けています(写真上から4、5枚目)。家で犬とウサギを飼っていたので、動物のふわふわな手触りとかは感覚として残っていて、それが刺しゅうにも活かされているように思います。参考にするために動物のドキュメンタリーとかもよく見るのですが、野生の動物ってあまり汚れていないのが不思議で。体を洗ったりしているわけではないのに綺麗なのが神秘的だし、その自然の仕組みみたいなところにも惹かれますね。ごみが出たら微生物が分解するみたいな、オートモードでも上手く回っている自然の世界ってすごいなと思っています。

反対にケーキ屋で働いていたときは、丁寧に作ったお菓子も時間が来たら廃棄しなければいけなかったり、空調や冷蔵庫の温度を一定にするなど、それらを管理し続けるのが、自分にはとてもできないなと感じて。今のような活動を始めたのは、時間に制限をかけずに、心ゆくまで作り出したいものと向き合い、工程を味わう暇があったというのが大きくて、そこに幸せを感じてもいるので、その楽しみは大切にしたいと思っています。刺しゅうって、糸と針とハサミというシンプルな道具だけで完結できるのがすごい知恵だと思っていて、様々な種類のステッチのひとつひとつが、何かを表現したい、という願いが込められているようで、いまだに感激してしまうことがあります。自らの手の動きで、それらを使って形を成していくという作業に命が宿るような気がするんです。効率化して、次から次に何かをつくってという風になってしまうのは不安ですね。

ーーゆったりと自分のペースでできるのが刺しゅうのいいところですものね。本もいくつか出版されていますが、きっかけは何だったのでしょうか。

スミルナステッチでもふもふのリスなどを作っていた頃にインスタグラムに載せていたら、そこから出版社の方に声をかけていただくようになりました。図案を載せている実用書(写真上から6枚目)の他に、絵本も2冊作りました(写真上から7枚目)。絵本はいくつかストーリーの案出しをしていき、文章も編集さんと一緒に考えました。持ち歩けるように小さいサイズにしたのですが、お子さんのいる方だけでなく、大人の方からもたくさん反響をいただいています。刺しゅうはまったく同じものをコピーのように作り出すことはできないし、量産も難しいので、本として残せるのはありがたいです。

ーーjunoさんにとって、思い出に残っている刺しゅうはありますか。

自分の結婚式のときに作ったウェディングドレスです(写真上から8枚目)。今までこんなにみっちり刺しゅうしたことがなかったので、やってみたかったことを実現してみました。気合を入れてやったので、印象に残っています。

ーーご自身のウェディングドレスを手がけるなんて素敵ですね!今後やりたいことがあったら教えてください。

これまでは自分から営業をするというよりは、依頼があってそこから新しいことに挑戦するというパターンが多かったです。そういう機会をありがたく思いつつ自分の手の届く範囲で、この先も活動を続けていけたらいいですね。やはり続けていくことで確立されるものがあると思うので。また、昨今は手仕事の価値が見直されてきていますが、変化のスピードもとても速いので、今後どうなるかは分からないと思います。流れに身を任せるしかないですが、自分にとっても作品を見てくれる人にとっても飽きがこないように、変化しながら、新しい表現を模索していきたいです。

text :藤枝梢
photo : 中矢昌行

取材後記

junoさんの作品とお名前が一致したのは、本屋さんで見たご著書だと思うのですがその後も、SNSや雑誌などでお見かけしたり、お仕事の関係でお名前を目にすることがありました。わたしの記憶というか意識に刻まれていく中で、やはり『動物の刺しゅう』という印象が強くありました。ただ単に『動物の刺しゅう』というのではなく、毛並みや動物の美しさを表現する。リアルなんだけれど、物語を感じる軽やかさのようなものがとても心地いいなと思っていました。

心地いいなんて言うと、ちょっと偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、リアルに動物を刺しゅうする方は世界中にたくさんいるのです。もちろん、その方々の刺しゅうにも圧倒されるのですが『リアルだからすごい』を超えた魅力をjunoさんの刺しゅうに感じていました。生き物の美しさと、チャーミングさと親しみやすさのような、本物以上に身近に感じられる愛らしさがあるのです。それは、写真でもイラストでもなく、刺しゅうだから生まれる魅力。junoさんの生み出す生き物は刺しゅうでないといけないのです。そう言い切りたくなるくらい、刺しゅうであることが大切。

お話を伺い、絵に対するコンプレックスがあることを知り驚きましたが、だからこそ、甘んじることなく丁寧に観察し、生み出される魅力があるのかなぁっと思いました。お仕事や活動に対する向き合い方も、とてもはっきりとしていて、シンプルに丁寧に自分の目の届く範囲でと言うのが、とても誠実な作品とぴったりだと感じました。

自分との共通点だったり、違う点を見つけておもしろかったり、これまでお会いすることはなかったけれど、同じ時代に同じ職業を選び、だからこそわかり合えることがあるんだと話が尽きない取材になりました。

atsumi

juno

心揺さぶられる美しいもの、ときめくものを刺しゅうした洋服や小物を制作する。ショップでの委託販売や作品の展示を中心に活動中。著書に『junoの刺繍ノート 刺繍で描く植物と動物と物語』(グラフィック社)、『スミルナステッチでつくる ふわもこ動物刺繍』(誠文堂新光社)など。4月9日からは、森岡書店 銀座店にて個展を開催予定。
https://www.instagram.com/junoembroidery/