Interview 023

tsuda

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手作りのものには時間の経過が表れ、
その分の価値がある。

April 20, 2021

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。第二十三回目は、イラストレーターとして雑誌や広告のイラストを手がける一方、ライフワークとして服作りを行い、3冊の書籍を出版する津田蘭子さんにご登場いただきました。


――津田さんがイラストレーターになりたいと思ったのはいつ頃からですか。

小さい頃から絵を描くことは好きでしたが、ただ好きで、ずっと描いていたいというより、ビジネスとして考えていました。小学生のときに児童図書に載っている絵を見て、ふと「描いている人は、これを仕事としてやっているんだ」と気づいて。そのときから「絵を誰かに見てもらって、評価してもらう」というのが、将来の自分像としてあったんです。

田舎に住んでいたので、身近に絵を描く仕事をしている人はいなかったし、まわりの大人たちにとっては想像もできない仕事。ずっと「東京に行かなくても、地元で絵の先生になればいいんじゃない?」と言われていました。絵を仕事にする、生計を立てると考えている自分とは認識がずれていて、伝えるのが大変でしたね。

いろいろな世界を作ることに興味があったので、高校生のときは舞台演出家にも憧れましたが、ひとまず絵の世界に近づこうと美大の短大に入ることを決めて、18歳で上京しました。

――そこから、どのようにイラストのお仕事を始められたのですか。

美大を出れば何かしら仕事があるものと思っていたのですが、ありませんでした(笑)。後から知りましたが、美大を出ても、美術に関わる仕事に就く人はそれほど多くないんですよね。卒業しても就職はせず、しばらくは壁画を描いたり、大道具を制作したりとアルバイトをしながら過ごしていました。

でも、どこかに「30歳は区切り。20代である程度の結果を出してないとアウト」という感覚があって。27歳のときに「もうツーアウト、もう後がない!」と焦って、売り込みに行きました。出版社やデザイン事務所など、思いつく限りの会社に電話をして、作品を送ったり、持って行ったり。そのうちのいくつかが声を掛けてくださって、仕事が形になったら、それを持って売り込み、というのをくり返しました。最初の仕事は医療系のパンフレットのイラストだったのですが、「自分のイラストが印刷された!」とすごくうれしかったです。その後、料理雑誌の連載のイラストが決まって、やっと親にも仕事が理解してもらえました。

――イラストのお仕事と並行して服作りもされていますが、始めたきっかけを教えてください。

美大生のときにフリース生地で犬のパペット(写真上から1枚目)を作ったこともあったし、もともと手を動かすことは好きでしたが、高校生の頃の家庭科の成績は3。でも10年前、友達がくれたお茶の道具を入れて身につける袋(写真上から3枚目)がとてもよくできていて、「自分でも作りたい」と教えてもらううちに夢中になりました。中表で縫えば縫い目が表に出ない、端ミシンをかけるときれいな仕上がりになるなど、初歩から教えてもらって、本に書いてあることがだんだん理解できるようになって。そのうちに「裁縫って逆算すればいいんだ」と気づきました。学生時代は油絵を描いていましたが、油絵は基本足し算。でも裁縫は、最後のイメージを作るために逆算して、展開図を思い浮かべて工程を考えるんですよね。それがわかったらいろんなことができるようになって、どんどんおもしろくなりました。

4年前、イラストの個展を開くときに作った服を売りたいと考えて、売るならオリジナルの型紙を作ろうと思いました。初めは着心地も悪いし、なかなかうまくいかなくて。数字が本当に苦手なのですが、洋裁は数学ですよね。型紙づくりの本も読みましたが、数字がいっぱいで難しかった。いろいろな型紙と比べたり、何度も作り直したりしながら、自己流で作るやり方を見つけて、少しずつ作れるようになりました。今は約100型ありますが、何回も作りたいと思うのは10〜20型ぐらい。1回作ってみてだめならすぐ捨てて、今後も作りたいものだけをA4ファイルにまとめています(写真上から4枚目)。

――昨年、裁縫の本を出されたんですよね。

素敵な本はたくさんありますが、見ていて「もっとこうだったら引き込まれるな」「ここがどうなっているか知りたい」などと思うことがあって。自分で企画書を作って、出版社に売り込みに行ったんです。「こういう本を作りたい」と全体像を考えることは、ひとつの世界を作り上げるという意味で、舞台演出と似ているなと感じました。

私の本は型紙を付けず、型紙の作り方から教えています。付ける程難しくないというのもありますが、自分自身がそうだったように、型紙を作ると服の構造や組み立て方がわかるし、作るうえで想像力がふくらんだり、気づきがあったり。あと失敗も少なくなると思うんです。

専門の学校を出て、きちんとした服を作れる方とは比べようもないので、別ジャンルとして、素人が素人のために作る本。正式なやり方を学びたい方にはすすめられませんが、裁縫を楽しみたい、服や小物を簡単に作りたいという方にはおすすめできます。「裁縫はできないけど作りたい」という場合は、自分で着たい、家族のために作りたいという方が多いので、ルールから外れていたっていいし、「こうでなければいけない」はないと思うんですよね。

――See Sew projectでは、刺しゅうの魅力を様々な方からお伺いしています。津田さんが考える刺しゅうの魅力と、お持ちの刺しゅうのアイテムで思い入れがあるものを教えていただけますか。

これは巾着にハトメをつけて作ったバッグ(写真上から5枚目)で、刺しゅうが入った「minä perhonen」の生地を使いました。小物の本を作ったとき、「高級生地を使って作る」という企画で50cmでどれだけ小物を作れるかに挑戦して、ほかにスリッパ、帽子、ミトンも作りました。刺しゅう生地を使うのは初めてだったし、プリント生地とは違って裁断には勇気が必要でしたが(笑)、刺しゅうがあると立体的になるし、高級感が出ますよね。やっぱり普通の生地とは違うなと思うし、気に入っています。

今回、改めて刺しゅうについて考えていたら、呉服屋をしていた夫の祖母が趣味で刺しゅうをしていたのを思い出しました。夫の実家に、絹糸で牡丹や菖蒲の花の刺しゅうをした布が大きな額に入っているのが何枚もあって、強く印象に残っています。

刺しゅうは時間が掛かるし、難しそうで、ハードルが高く感じますが、やはりできあがったものには時間の経過が表れるし、その分の価値があると思います。

――今回、デザインしていただいたモチーフは、どのように考えられたのですか。

子どもの頃から動物が好きなのですが、犬や猫などの身近な動物ではなく、少し違った形にするとおもしろいかなと思って、コウモリ(写真上から6、7枚目)とハリモグラ(写真上から8枚目)を選びました。コウモリは真っ黒にしてしまうとつまらないし、顔ぐらいはかわいくしたくてオレンジ色に。刺しゅうになったのを見て、感動しました。平面のイラストとは違って糸で表現されているおもしろさがあるし、黒とオレンジのコントラストもきれいで、ディテールもよく見えます。刺しゅうミシンがひと針ひと針縫っていくのは、見ていたらきっと楽しいですよね。毎日「何を作ろう」と考えていて、時間が全然足りないのですが、刺しゅう用ミシンがあれば、さらに楽しみが増えるだろうなと思います。

text:増田綾子
photo:中矢昌行


津田 蘭子

熊本県熊本市出身。武蔵野美術大学短期大学部卒業。2001年からイラストレーターとして、雑誌や書籍、広告やWEBなどで活躍。2011年から趣味で始めた洋裁に熱中し、日々着る服はすべて自身の手作り。2020年8月に「家庭科3だった私がバッグも帽子も小物も100%自分サイズで手作りしました。」(ワニブックス)を出版。4月に新刊を発売予定。

http://ranko.moon.bindcloud.jp/


Designed by Ranko Tsuda

津田さんがデザインした刺しゅう模様のダウンロードは、「ハートステッチズ」からダウンロード可能です。
※会員登録後、有料での販売となります。

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