Interview049

Naoko Asaga

Naoko Asaga

日本刺しゅうの伝統を重んじながら、
新しい風を吹かせる。

October 20, 2023

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。呉服屋に勤めていたことをきっかけに、日本刺しゅうを始めることになった浅賀菜緒子さん。刺しゅうに出会うまでの経緯や、日本刺しゅうとフランス刺しゅう両方をやっているからこそ分かる違いについてお話を伺いました。


ーー浅賀さんがものづくりを始めるようになった経緯を教えてください。

母親がすごく洋裁が好きな人で、子どもたちの洋服は全て手作りという家庭で生まれ育ちました。その母の影響もあり幼い頃から手芸もしていたし、ミシンも使っていました。縫ったり作ったりすることが好きだったので、文化服装学院に進学し、洋服の仕立てを学びました。在学時から、舞台兼ギャラリーのような劇場でスタッフとして働いていて、卒業後はそのままそこに就職しました。ダンスや落語など何でもやっている劇場だったのですが、私が洋裁を学んでいたことを知っている演者の方から、衣装の依頼を受けることもたまにありましたね。

その後、着付けを習い始めたことから着物の世界に興味が湧き、呉服屋で働くことになりました。呉服業界では最大手のひとつでもあったお店で全国の着物を取り扱っている中で、人間国宝や職人が手がけた日本刺しゅうに出会ったんです。それまで日本刺しゅうは趣味でやっている方の作品も全く見たことがなかったので、私にとっては日本刺しゅう=職人の刺しゅうというイメージでした。

ーーそこからなぜ自分で刺しゅうをするようになったのでしょうか。

着物を着るときには、季節の柄を装うという決まりがあるんです。春には桜、ツバメが飛来する初夏にはツバメの柄を取り入れますが、ある程度の財力がないと着物を毎回新調するのは難しくて。ですが、帯留めや半襟に季節のものを刺しゅうすれば、無地の着物一枚で素敵に装えると思いついたんです。そんな感じで憧れと苦肉の策で刺しゅうを始め、作ったものをブログにアップしていたところ、コメント欄から仕事のご依頼をいただくようになりました。

ムック本の表紙の刺しゅうや、カルチャースクールでの講師の依頼など、自分が今までやったことのないお誘いだったので、新鮮でやってみたいと引き受けていたら勤めている仕事との両立が難しくなってきてしまって。2013年に退職し刺しゅうのお仕事をメインにやっていくことになりました。それまで人間国宝や職人の日本刺しゅうしか見たことがなかったので、一般の人でも刺しゅうを仕事にできるなんて思ってもいなくて、ブログからお仕事の依頼がきたときは詐欺かと疑ってしまいました(笑)。

ーー浅賀さんは日本刺しゅうもフランス刺しゅうもどちらもやっていますが、刺しゅうする上で何か違いはありますか。

同じモチーフでも図案は描き分けるようにしています。フランス刺しゅうの場合、ステッチという技法はあっても制約はないので、想像したままに自由に描くことができます。一方で、日本刺しゅうは髪の毛よりも細い糸を使っているので、図案を描くときも精度をあげないと美しく見えないんです。着物という品格のある世界で使われているので、自由に何でもできるという感じはフランス刺しゅうに比べると少ないですね。

日本刺しゅうは伝統工芸なので昔から受け継がれている技法などは継承したいのですが、日本刺しゅうにしろ呉服にしろ、このままだと衰退してしまうことを危惧しています。なので、新しい価値観も取り入れた方がいいと考えていて、図案に関しては現代の感覚で私が可愛いと思うものを描いています。型があるものとないもので使い分けられるので、日本刺しゅうとフランス刺しゅう両方やっているからこそバランスを保っていられますし、気分転換にもなっていいですね。

ーー使っている道具には何か違いはありますか。

日本刺しゅうの針は短くて細く、フカフカのピンクッションだと沈んでいってしまうため、硬いフェルトに刺しています。一番大きな違いは、日本刺しゅうでは絹糸を使っていることだと思います。日焼けをしてしまうので桐箱に入れて保管しているのですが(写真上から2枚目の右)、まったく撚りがかかっていないので、自分で糸を撚る必要があります。甘く撚ったりきつめに撚ったり、割いて細くしたり何本か束ねて太くしたり、自由自在にできるので個性が出しやすいのが特長です。あとは、角度によって光の反射の仕方が変わるので、明るい場所や時間帯でないと見え方が違ったり、針を刺す位置の精度が落ちるので、私の教室には「夜やって朝ほどく」という標語があるぐらいです(笑)。

また、刺しゅう枠もフランス刺しゅうのような丸いものではなく、画鋲や糸を使って生地を木枠に張ります(写真上から2枚目の左)。ピンと張った方が上手く刺しゅうできるので、しっかりと張ります。レッスンの初回は生地を張って、糸を撚るので2時間終わってしまうので、「まさか刺しゅうができないとは!」と言われたこともあります(笑)。

ーー教室では両方のレッスンをされているのでしょうか。

日本刺しゅうもフランス刺しゅうも、どっちもやっています。同じぐらい人気で両方とも受ける方もいらっしゃいます。刺しゅうをしたものをバッグやがま口にしたり、ミシンの縫製までやるレッスンもあるので、長く続けてくださる方が多いですね。教室では私が生徒さんから教わることがとても多いです。自分でやっているときは、刺し始める場所なども心の赴くままにやっていたのですが、「どこから刺したら綺麗にできますか?」と質問されることで、ちゃんと根拠を考えて刺しゅうするようになりました。

コロナ禍前は書籍(写真上から3枚目)がメインで、そっちに時間を割くことが多かったのですが、コロナ禍を経て考えも変わってきました。「外出できなくても、家で刺しゅうができるので苦じゃない」「旅行や外食は控えていても、教室には通いたい」という生徒さんがいて、書籍のように不特定多数の人に届けるのも素敵な仕事ですが、もっと目の前の方に時間を使いたいと思うようになりました。「婦人画報」の次号予告に作品を載せるなどはありますが(写真上から4枚目)、最近は書籍のお仕事は控え教室の比重が大きくなっています。

ーーより近しい人たちに向けて活動されるようになったのですね。刺しゅうをするうえで気を付けていることはありますか。

直接刺しゅうというわけではないのですが、作品を綺麗に見せるにはアイロンのかけ方が重要だと思っています。アイロンは家庭用ではなく業務用のものを使っていて、アイロン自体が重いので自分の力で頑張る必要がありません。また、霧吹きも園芸用の圧縮式のものを使っています。霧が細かくて生地全体に均等に水がかかるので、重宝しています。あとは、生地の下にフカフカのタオルをひくようにしています。アイロン台の上に直接生地を置くと、刺しゅうの部分が浮いてしまって中々生地のツレがとれないんですが、タオルをひくことで刺しゅうの凹凸部分がのめり込んで、綺麗にかけられるんです。耐熱で透けて見えるのがちょうどいいので、生地の上に乗せるあて紙にはクッキングシートを使っています。

ーー最後の仕上げまで徹底していますね!浅賀さんにとって、思い出に残っている刺しゅうを教えてください。

呉服屋で働いていたときに、せっせと作っていた帯留めです(写真上から5枚目)。季節ごとに必要なので12か月分あればなんとか乗り切れるだろうと(笑)、素人ながら一生懸命に作っていました。

あとは、夢工房で働いていたときに手に入れた、池田重子さんのコレクションの復刻版です(写真上から6枚目)。着物の世界って生地を織ったり染めたり全員がプロフェッショナルで、少しでも手を抜いたら世界観が壊れてしまうような場所なので、お互いが引き上げながらいい衣装を生み出しているように感じます。みんなの力が結集した着物を眺めていると、士気が上がりますね。

ーー今後挑戦してみたいことはありますか。

元々ものづくりが好きなので、作ること自体を続けられたらいいなという気持ちです。あとは洋裁を習っていたので、洋服も作っていきたいですね。こちらのエプロンは刺しゅうだけでなく、仕立てもやりました(写真上から6枚目)。シルエットも可愛いものにできて満足なので、こういうことをやっていけたら嬉しいです。

text :藤枝梢
photo : 中矢昌行

取材後記

浅賀さんのご著書を見て、本当に刺しゅうが美しいなぁっと思っていました。刺しゅうは細かいので、撮影がとても難しいのに、印刷物でこの美しさ。実物はこの何倍も繊細で美しいのだろう。いつか実物を拝見したいなっと思っていました。

なかなか実物を拝見する機会がないまま今回の取材に至ったのですが、想像を遥かに超える美しい刺しゅうにとても興奮しました。同じように刺しても刺す人によって、全然違う印象になるのが刺しゅうの不思議なところ。浅賀さんの刺しゅうは、繊細さと精巧さと手ならではの優しさが詰まっています。

刺しゅうをする方の中でも、日本刺しゅうといわゆるフランス刺しゅうを同時にされる方というのはわたしの知る限り浅賀さんおひとりなので、そのあたりもとっても興味がありました。小さな頃から身近に作ることがあったことと、絵を描くことがとてもお好きで漫画家になることを夢見た時期もあったというお話を伺い、妙に納得しました。

お教室は常にいっぱいで、なかなか空きがないそうですが、通ってくれる生徒さんが取り入れられるアイデアやちょっとしたコツを伝えたいと、日々工夫したり試作されているのもとても素晴らしい。なかなか空きが出ないわけですね。

とにかく作ることが好きで、それさえできればいいとおっしゃっていましたが、そうでなければなかなか日本刺しゅうとフランス刺しゅう、そして洋裁までこんなに高いクオリティでできないと思います。これまでの経験と、職人さんや、これまで受け継がれてきたもの、周りの方々への敬意と感謝が浅賀さんの刺しゅうを支えていて、静かで優しい中に揺るぎないものを感じました。

最後に、わたしが苦手なアイロンのことを質問した際も、快く、丁寧に教えてくださりとっても勉強になりました。色々と素敵なものや、知らないものがありすぎて質問ばかりの取材になってしまいましたが帰りの電車で、もっともっと作品を見せていただけばよかったと少し後悔。あまり個展などには興味がないようでしたが、いつか浅賀さんの作品がたくさんある空間でずーーーっと眺めていたいです。

atsumi

Naoko Asaga

呉服屋で働いているときに日本刺しゅうと出会い、作家としての活動を始める。現在は日本刺しゅう、フランス刺しゅう両方で作品を制作しつつ、横浜のアトリエにて刺しゅう教室を開催。著書に『ちいさな日本刺繍』『植物刺繍 Plants Embroidery』など。

https://www.instagram.com/pontomarie/