Interview 021
Nutel
一筆書きで自在に描く、
ミシンドローイング。
Feb 19, 2021
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。第二十一回目は、ミシンを使って布や紙にフリーハンドステッチで自在に絵を描く、ソーイングアーティストのNutel(ヌーテル)さんに登場いただきました。
――どんなミシンを使われているんでしょうか?
Brotherの家庭用ミシンです。「押え」をフリーモーションのものに付け替えただけなんですが、これを使うと自由自在に布を動かすことができるんです。一筆書きのように、一本の糸で描き続けることもできるので、音楽に合わせてその場で描く「ライブソーイング」をしたりもします。永遠に縫っていられるので(笑)、30分間ずっと縫い続けたこともあるんですよ。
――ミシンで絵を描こうと思われたきっかけは何だったんですか?
高校を卒業してから、短大でテキスタイルを学びました。テキスタイルデザイナーだった叔母に憧れて。卒業後は叔母のデザイン事務所に入って、インテリアや雑貨などのデザイナーとして働くことになりました。20年間、デザイナーとして働いていましたが、その間も、好きな絵を描くことは続けていて。
そんな時、レコードレーベルをやっている友人から、CDジャケット制作の依頼が来たんです。その音楽を聞いた時、ペンや絵の具ではなく違うもので絵が描けないかと考えて、ミシンで描いてみたらどうだろうと。ミシンで描いてみたら糸の質感がおもしろくて(写真3枚目)。それから、ミシンで表現することを始めました。
――絵を描く、ひとつの手段としてのミシンであり、糸だったんですね。
この時はまだ直線でしか描いていませんでした。その後、イギリス・ブリストルへ旅した時、地元のマーケットを紹介してもらって行ってみたんです。たまたま立ち寄ったブースで、ミシンを使って描いた絵を売っていて。彼女は古いエプロンとかランチョンマットにミシンで絵を描いたりもしていて、私と似たようなことをやっている人がいるんだなと、記念に1枚、絵を買ったんです(写真4枚目)。
帰国してしばらくしてから、レコード店の友人から、「好きそうなCDが入ったよ」と教えてもらって中を開いたら、あの時買った絵と同じ絵がCDジャケットに描かれていて驚きました。レイチェル・ダッドというシンガーソングライターなんですが、その絵を描いているのも彼女だったんです。日本に来日した時に再会して、毎年日本を訪れるようになりました。彼女と一緒にやったイベントで、音楽に合わせて人前でライブソーイングをしたのが初めての経験でした。それがすごく楽しくて、さらにミシンドローイングにのめり込んでいきました。40歳の時、自分で表現をすることをやっていきたくて、仕事を辞め、ヌーテルとしての活動を始めました。
――ミシンで描くおもしろさとは?
ペンで絵を描くみたいな感覚で描けることでしょうか。でも、一筆書きじゃないと描けないのが、ペンとの違いですね。ミシンで描く前は、スタートとゴールをどこにするか考えてから描いていきます。下書きはほとんどしないんです。スケッチを描いてから、頭の中にあるイメージだけで一気に描いていきます。ライブソーイングの時は、合わせる音楽や、その場の流れによって、できあがりがイメージしていたものと変わったりすることもあって、その意外性がライブならではでおもしろいですね。
――黒い糸で描くことへのこだわりは?
「ステッチスケッチ」と呼んでいるんですが、糸でスケッチするみたいな感覚なんです。だから色をのせていく刺しゅうというよりは、一本の糸で描くステッチ、線画の感覚ですね。線で描いて、色は紙や布で添えていく。だから、糸は黒を使用することが多いです。使っているのは、市販のミシン糸で90番糸という細い糸がメイン。作品によっては60番糸や30番糸も使ったりしますが、糸の太さによって仕上がりがぜんぜん違うんですよ。
――“ヌーテル”という名前には、どういう意味があるんでしょうか?
活動を始める時、屋号を何にしようか考えました。英語やフランス語だとなんだかしっくりこなくて。滋賀県にある実家が縫製工場をやっているんですが、ミシンも布も小さい頃から身近なものでした。関西弁で縫うことを「縫うてる」というんですが、そこから音を変えて「ヌーテル」はどうかと。地元の言葉で愛着がありますし、どこの言葉なのかわからない感じもいいなと思って。
――かなりの頻度で個展を開催されているそうですね。
ヌーテルとして活動する前から、個展で作品を発表してきました。2013年に初めての個展「彼女の好きなもの」を開催して、今はほぼ毎月のように、関東だけでなく九州や四国などでも開催しています。東京・新富町の〈さんのはち〉で開催した個展(2020年10月10〜17日まで開催)は、「ワンダーガーデン」をテーマに、立体のものやコラージュを展示しました(写真6、7枚目)。もともと平面作品がほとんどでしたが、最近は立体にも挑戦していて、今回はさらにその立体を動かしてアニメーションを作ったりもしました。
インスピレーションの源は自然。植物や動物などのモチーフが多いですね。前にやった個展では布も糸も白で表現したりと、与えられたお題で作品作りするのも楽しくて。作家さんとのコラボレーションも、自分の発想を越えて、思ってもみなかった自分が引き出されるのが楽しいです。いつか、今よりももっと大きな作品を作ってみたいですね。
text:薮下佳代 photo:中矢昌行
Nutel(ヌーテル)
ソーイングアーティスト。嵯峨美術短期大学卒。デザイナーとして働きながら、2003年、ミシンを使った一筆線描きのようなミシンドローイングを始める。主に植物や動物を布や紙にスケッチする様な感覚で縫い描く絵やアクセサリー小物、CDジャケット等を製作。個展やイベントなどでは、音楽に合わせてその場で描くライブドローイングも行う。独特の作風と作品の世界観に、国内外から高い評価を得ている。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。