Interview 006

National Museum
of Ethnology Part.01

National Museum of Ethnology

イメージを払拭した、
インド西部の朗らかな刺しゅう。

April 27, 2018

刺しゅうの魅力などを聞く連載インタビュー。今回は番外編。世界中の刺しゅう作品を所蔵している国立民族学博物館に、過去の刺しゅうがもっている意味などを探りに行きました。お話を伺ったのは、インド西部の手工芸を長きに渡り研究している上羽陽子さん。この前編では、民博のことや上羽さんがインドの刺しゅうに魅了された理由をお届けします。

* Part.02はこちらから


再生が進行している最中、先日、約48年ぶりに内部の一部分だけが先行して公開され、今、改めて多くの注目を集めている日本万国博覧会を象徴するモニュメント、太陽の塔。それが立つ、万博記念公園の一角に位置する国立民族学博物館(以下、民博)は、世界中の刺しゅうの実物を見ながら振り返ることができる、日本にはふたつとない貴重な場所となっています。

一般公開から約40年が経つ民博の最大の特徴は、学芸員ではなく様々な分野の約50人の研究者が展示空間をつくっていること。つまり、淡々と作品がガラスケースのなかに並べられているのではなく、各研究者の視点・観点がしっかりと盛り込まれている、楽しく学べる場所となっているのです。詳しくは「Part.02」で説明していきます。

民博が所蔵している作品数は、およそ34万5000点。刺しゅうに限らず、世界中の人びとの生活、文化、社会を裏づける標本、映像、音響、文献資料を豊富に揃え、そのうち約1万2000点が展示されています。

本館展示場の雰囲気はさながら見本市のよう。先で少し触れた通り、博物館は保護のためにガラスケースに収められていることが一般的といえますが、民博は露出展示が基本です。写真撮影も許可されているので(一部を除く)、アイディアソースを求めに、クリエイターの方も頻繁に訪れるそう。

今回焦点を当てるのは南アジア展示場。古の刺しゅう文化が今なお継承されているインド西部について、幾度となくその土地に渡り、手工芸について20年以上研究をしている人類文明誌研究部 准教授の上羽陽子さんに話を聞きました。まずはなぜ、研究対象がインド西部だったのかを振り返って頂きます。

「私自身、幼いころから編み物や刺しゅう、折り紙、あやとりなど、手を動かして何かをつくることが好きで。両親にプレゼントすると褒められるじゃないですか。それが嬉しくて、ずっと続けていたんですよね。それと、絵を描くことも好きだったので、芸術大学に進学したんですが、いざ入ってみると課題に追われる毎日で……。本来のつくる喜びを失いかけていたんです。誰かのためではなく、高い評価を得ることが目的になっていったというか。

大学4年生になったあるとき、インドに行く機会があって、そのとき『カッチ(インド北西部グジャラート州カッチ県)に行ったらいいよ』と人に勧められて行ってみたんです。グジャラートは手工芸の宝庫で、手仕事でつくられたありとあらゆるものが集合していました。

そのなかでもとりわけ惹かれたのが、ラバーリーという牧畜民がつくる朗らかで大らかな刺しゅう。当時の芸術大学では、刺しゅうやアップリケは染めや織物よりもランク下のものと捉えられていて、芸術大学でほとんど扱われていなかったんです。

でも、ラバーリーの刺しゅうは、そんなイメージを払拭するくらい、ずっと眺めていても飽きない魅力をもっていたんですよね。それで、どうしても出自を調べたいと思ったのですが、資料がそもそも少なくて、じゃあ自ら研究をしようと思い立ったのがきっかけです」

イギリスの植民地だったインドが独立を果たしたのが1947年。それまでの度重なる紛争で疲弊してしまった手工芸の文化を蘇らせるために、当時の首相、ジャワハルラール・ネルーは職人さんが稼げるよう、手工芸振興活動という国家政策を打ち出します。

そういった背景があるが故に、刺しゅうの文化がしっかりと根づいていると上羽さんはいいますが、一方でインドも段々と都市化が進み、消費社会へと移り変わっているともいいます。その動きを俯瞰しながら見守り、記録を残していくことが研究者としての上羽さんの役目。

「記録を残し続けていけば、現地の人たちが昔の刺しゅうをやりたいと思ったときに教えてあげられるんじゃないかなと考えていますね」

上羽さんの活動は、最後に掲載している写真の書籍『インド染織の現場』(2015年、臨川書店)に詳しく記されているので、気になった方は是非チェックしてみて下さい。

「Part.02(5月7日公開予定)」では、展示資料を見ながら上羽さんにそれぞれの解説をして頂きます。
 

text:大隈祐輔 photo:中矢昌行


Yoko Ueba

国立民族学博物館 人類文明誌研究部 准教授。専門は、民族藝術学、染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究している。近年は、現代「手芸」の動態に関する共同研究にも手を伸ばしている。近著に『インド染織の現場 つくり手たちに学ぶ』(臨川書店)。


Information

国立民族学博物館 次回企画展「アーミッシュ・キルトを訪ねて―そこに暮らし、そして世界に生きる人びと」

会期:2018年6月21日(木)- 9月18日(火)

場所:国立民族学博物館 本館企画展示場

開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)

観覧料:¥420(一般)、¥250(高校・大学生)
*中学生以下は無料

休館日:毎週水曜日

住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1