Interview 025

Môko Kobayashi

Môko Kobayashi

刺しゅうは何でも表現できるからこそ、
むずかしくておもしろい。

Jun 18, 2021

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。フランスで学んだオートクチュール(リュネビル)刺しゅうの技法を用いて、動物や食べ物、生活で使う道具など、あらゆるものをユーモラスな視点でとらえてビーズアクセサリーとして形作る、刺しゅう作家の小林モー子さんにご登場いただきました。


ーーモー子さんはいつ頃から刺しゅうを始められたのですか。

母の影響で小さい頃から手芸が好きで、小学校一年生で自分のミシンを持っていたのですが、作ったかばんに国旗の柄を刺したりしていました。刺しゅうのほかにも、オリジナルの絵でキルトを作ったり、手袋を編んだり。休日、そろって絵を描きに行くような家族で、父もサラリーマンなのにろくろを回したり、能面を作ったりして、思えばみんな手を動かすのが好きでしたね。

ーーオートクチュール刺しゅうは、どんなきっかけで興味を持ったのですか。

もともとはパタンナーになりたくて、文化服装学院に入って、服を作るためのあらゆることを学びました。卒業後はパタンナーとしてアパレルメーカーに就職しましたが、3年ほど働いた頃、ちょうどパターンの仕事が手作業からどんどんCADに切り替わっていって。私は手で引くのが好きだったのもあって、先のことを考えて会社をやめて、パリにあるルサージュ(オートクチュール刺しゅう学校の名門「École Lesage broderie d'Art(エコール・ルサージュ)」)に行くことにしました。
ルサージュは、文化服装学院に在学中の1999年に、東京・渋谷の「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開催されていた「パリ・モードの舞台裏」という展覧会で作品を見て以来、ずっと興味がありました。刺しゅうは小さい頃からやっていて、学校でも学んでいたので、見れば「こうやって作ってるな」とだいたいわかるけれど、ルサージュの刺しゅうは他とは違っていたので、衝撃を受けて。「これ、本当に手で作っているの?」と思ってしまうほどで、「どうやって作っているか解明したい!」みたいな気持ちになったんです。
「いつか行こう」と心に決めて、それからは働きながらお金を貯めたり、フランス語教室に通ったり。当時の日本ではまだルサージュ出身の方が少なかったし、周りに留学経験がある人もいなくて、手がかりもほぼなかったけれど、その分、ビザはスムーズにとれました。
ルサージュには1年間通って、かぎ針を使った基本的なオートクチュール刺しゅうの技術を学びました。あらゆるテクニックがあるので、道具に慣れるために、ひとつずつひたすら練習したりしていましたね。

ーールサージュで学ばれた後も、しばらくパリでお仕事をされていたんですよね。

そうですね。後のことは何も決めていなかったのですが、画家の大月雄二郎さんとコラボレーションの作品(写真上から4枚目)を作ったり、ウエディングブランドの刺しゅうの仕事をしながら、結局7年ほど滞在しました。これは元は大月さんが描いた油絵なのですが、塗り絵っぽく刺す作り方で、「maison des perles (メゾン・デ・ペルル)」のアクセサリーの原型になったと言えるかもしれません。
ほかにも「ユキトリイ」のパリコレメンバーに入ったり、ルトゥーシュ(コレクションラインのお直し)をしたり、アクセサリーブランドの服を作ったりしていました。工房同士が近かったので、普段はウエディングのアトリエにいて、「ユキトリイ」から連絡があったら走っていって、お客さんの洋服のお直ししたり。基本は刺しゅうがメインでしたが、「このパターンちょっと直しておいて」という依頼もあって、学生時代に学んだことやパターンの仕事の経験が役立つことも多かったです。
サンジェルマン デ プレに部屋を借りて、そこをアトリエにして自分の作品も作っていました。歴史がある国ならではというか、フランスは私のようなものづくりをする人を応援してくれるところがあるんですよね。大月さんと作品を作っていたときも、ビザがないからもう帰ろうかなと考えていたら、あるギャラリストの方が「これを展示しよう」と言ってくださって。展示をするならもっと作らないといけないし、それならもう少し滞在していないと、と思っていたら、先払いでお金を渡してくれて、「これで生活しなさい」「これで作品を作りなさい」「これでバカンスにも行きなさい」って(笑)。すごいですよね。フランスは学校で行く機会があったり、入った会社がちょうどパリコレを始めて仕事で行くことになったりと縁はありましたが、特に興味があったわけではなくて。行ってから「あ、フランスってこうなんだ」と思うことが多かったです。
そのまま残ることも考えましたが、帰国した2010年頃にちょうどルサージュが注目を集め始めて、私がやっていたブログにも「日本で技術を教えてください」という問い合わせがちらほら来て。このままいても大きな収入を得るのはむずかしいし、日本の知り合いのお店で開いてもらったポップアップショップでの反応もよかったので、「日本でも活動できるかも」と思って帰国しました。

ーーオートクチュール刺しゅうの魅力はどんなところですか。

オートクチュール刺しゅうの材料は、糸やビーズ、スパンコールや羽根などさまざま。木枠に生地を張ってかぎ針で刺していくのですが、使う生地も、透け感があってもキャンバス地でも、どんなものでもいいし、木に穴を開けて生地に刺したっていい。そんな自由さがすごくおもしろいなと思います。
初めて見たときはかぎ針を使うことを知らなかったから、「どうして球体にできるんだろう?」「こんなにびっしり刺すのにどれだけ時間かかるの?」と思っていましたが、実際にやってみるとスイスイできちゃう。覚えれば指の感覚でできるので、訓練すれば初めての方でもできますよ。文化服装学院の卒業制作では、針でビーズをひと粒ずつすくって、グラデーションでびっしり刺したこともありましたが、それを考えたら断然早いし、材料が小さくても、繊細なものもきれいにできる。直線ラインだって簡単です。かぎ針だと、道具を使う分、機械っぽい仕上がりになります。手ミシンというか。運営している刺しゅう教室でも、なみ縫いぐらいしかできない方がかぎ針を持つと早かったり、逆に手芸の得意な方が意外と苦戦していたり。やっぱり機械的なところがあるのかなと思います。

ーーアクセサリーを作ることにしたのはなぜですか。

友達と服のブランドを立ち上げたこともありましたが、オートクチュール刺しゅうの技法を用いて服を作ると、一般の方の手には届かない金額になってしまう。そこで、もっと身近なものを作ろうと思ったんです。あと「刺しゅう」というと、どこかおばあちゃんぽいというか、クラシックなイメージがありますが、従来の刺しゅうが持つイメージとは異なるものを作りたいと考えました。
手刺しゅうも好きですが、どちらかというとカチッとしているというか、工業的なものが好き。「maison des perles」のアクセサリーも、“どうしたら手作り感を削れるか”を追求して作り上げていきました。ルサージュはいろいろな材料を使うので、その技術を詰め込んでしまうとどうしても手作りっぽさが出てしまう。だからビーズ以外は排除して、その中でも自分がよく使っていたヴィンテージビーズを選びました。裏の加工はフェルトや革を貼っていたこともありましたが、ぐにゃぐにゃしてしまったので樹脂に。常に「もっとクオリティをよくするにはどうしたらいいか」を考えていて、今も試行錯誤の最中です。制作スタッフは外注の方も合わせて7名で、それぞれが割り振られたモチーフを刺すのですが、できあがったら顔や表情、体のラインが違っていないか、ビーズが抜けていないかなど、全員でひとつずつ確認して調整します。今や私よりスタッフの方がチェックが厳しいぐらい(笑)。

ーーアクセサリーのモチーフはどのように考えていらっしゃるのですか。

今までに作ったモチーフは700〜800種類近くありますが、作り始めた頃は刺しゅうにありがちな花や蝶は避けて、男性っぽいモチーフ中心に探していました。お化けから足がブラブラ出ているような動きがあるものは初めの頃から作っていて、あとから自分でも「何でこうしたんだろう?」と思いましたが(笑)、ふと動きの瞬間を切り取るのは自分の特徴だと気づいて、「そういうモチーフを探そう」というところから、雲から稲妻が出ているものや絵の具がピュッと飛び出しているものを作って。動物の足がブラブラしているのをひとつ作ったら、足がブラブラした動物のシリーズを作ったり。新しいものを作るときは、これまで作ったことがないものを考えてみる。指輪やピアスと違って、モチーフだから、何でもできるのがいいんです。
モチーフやデザインは私が考えるのですが、Illustrator(編集ソフト)は使えないので、絵は鉛筆などでブロックメモに描きます。少しずらしたいと思ったら消しゴムで消して描き直して、できたら、何枚かコピーして色を塗ったものを元にサンプルを作ります。コンピューター脳がないのもあるけれど、やっぱり手を動かすのが好きなんですよね。使うビーズはモチーフから考えることが多いですが、「このパーツを使いたいから何か考えよう」という作り方のときもあって。例えば、グリーンの中にオレンジっぽいのが入っているビーズを見て「これ爬虫類っぽいな」とか。
以前は、年2回ほどパリに行って、フランスのヴィンテージビーズやチェコのビーズ、シルク糸などを中心に買いつけしていました。ビーズは年代によって大量に見つかることもあるし、少ししかないものもありますが、絵の具と違って混ぜて色を作ることができないので、どれだけ色を多く持っているかが勝負になります。

ーーアクセサリーでもいろいろな方とコラボレーションしていらっしゃいますが、ほかにも幅広くお仕事されていますよね。

アクセサリーは百貨店の依頼でイベントに出展したり、アパレルブランドやミュージシャン、美術館とコラボをしたりと、年間を通して新しいものを作っています。昨年は「どうぶつのくに」というフリーペーパーの編集長兼カメラマンの田井基文さんと一緒に、動物のことをもっと知ってもらうための新しい試みをスタートしました。世界にいるペンギン18種と絶滅したペンギンとひなも作って(写真上から6枚目)、どこに生息しているのか、どんな特徴があるか、何で絶滅してしまったのかなどを書いたものやお借りした剥製や卵と一緒に、アトリエで展示を行ったんです。ペンギンの違いを知らないと作れないので大変でしたが、おもしろかったですよ。次はパンダがテーマで、今年7月に開催を予定しています。
普段の仕事以外に、依頼を受けてお仕事するのも楽しいです。知り合いのウエディングドレスを作ったり 、山本寛斎さんデザインのウエディングドレスに刺しゅうをしたり。「ノージーのひらめき工房」(Eテレ)に出演したときは、言葉が書かれたボールを引いて、それを見てひらめいたものを作るというのに挑戦しました。私は「ドキドキ」で、文字通りドキドキしながら、5時間ぐらいかかって仕上げて。中に吹きガラスが詰まっていて、指で押すと泡のように出てくるというイメージで作ったのですが(写真上から7枚目)、実際にさわって遊べます。刺しゅうって材料も技法も無限にあるし、表現したいことは何でもできるからこそ、むずかしくておもしろいんだなと実感しました。

ーー思い入れがある刺しゅうについて教えてください。

日本刺しゅうの代わりにビーズでぎっしりギラギラしたものを作ってみたくて、「いつか化粧まわしの仕事をやりたい」といろいろな人に言っていたら、ついにご縁がつながって、2019年に安美錦関の化粧まわしを作らせていただきました(写真上から8枚目)。化粧まわしは十両以上の力士が土俵入りの際につける、華やかな刺しゅうを施した前垂れがついたまわしのことで、企業や個人の方がお祝いや記念として力士に贈ります。通常は企業の広告の役割を担うことが多いようですが、このときはスポンサーが個人の方で、安美錦関も「モチーフは何でもいい」とおっしゃって。でも実際にお会いして、“故郷に錦を飾る”というお名前の由来や、青森ご出身で、ご両親が漁をやっていらっしゃることなどを伺って、そこからイメージをふくらませて、「青森といえば」のねぶたやりんご、サケやイカ、青森県の模様などを入れて作りました。その場所を最後に引退されるということで、一週間ほどしか時間がなかったのですが、長年の夢が叶って、本当にうれしかったですね。

text:増田綾子 photo:中矢昌行


取材後記

モー子さんの刺しゅうに出会ったのは、わたしが作家としての活動をはじめてまもない頃。
ご本人と作品がとてもぴったりと一致していて妙に納得したことを覚えています。
うまく言葉に表現できないけれど、すごく社交的で、大胆なところもあるし、細かなところまで気を配っている。
そんな作品が生まれる背景を知りたいと思い、取材をお願いしました。

取材の中で、『とても人や縁に恵まれてここまでやってこられた』とおっしゃっていましたが、それはモー子さんの人柄があってこそ。
周りの方々への感謝や、よりよくしたいという姿勢が、新しい輪をつくって、どんどんその輪が大きくなり、活躍の場を広げているんだと思います。

また『手の作業を大切にしながら、手作りっぽさがあまり残りすぎないものづくり』というお話にもすごく共感しました。
わたしも仕事のうえで『てづくり』という言葉の中にある言い訳にしてしまいそうなニュアンスは持ち込みたくないと思っているので、改めて背筋が伸びました。
手でつくられるプロダクトとして、職人の誇り高いお仕事をこれからもたくさん見られることを楽しみにしています。

atsumi


Môko Kobayashi

神奈川県茅ヶ崎市生まれ。アパレルメーカーでパタンナーとして勤務した後、2004年に渡仏。「École Lesage broderie d'Art」にてオートクチュール刺繍の技術を学び、ディプロムを取得。2010 年の帰国と同時に「maison des perles」 を立ち上げ、アクセサリーブランド Môko Kobayashi をはじめ、オートクチュール刺繍教室の運営、企業広告や雑誌への作品提供など、多岐にわたる活動を行う。2020年8月に東京・渋谷区西原にオープンしたこんにゃく寿司とかき氷の店「KON」のプロデュースも手がける。

https://maisondesperles.com