Interview 020

Yoshihisa Iida

Yoshihisa Iida

空に傘をかざすことで気づく、
刺しゅうの立体感が生む独特の影。

January 20, 2021

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。第二十回目は、日傘と雨傘を生地から制作し、一本ずつ手作りする「イイダ傘店」主宰のイイダヨシヒサさんに登場いただきました。


――イイダさんが傘づくりを始めたきっかけについて教えていただけますか。

美大でテキスタイルを学び、布を使って何かをするということを4年間ずっとやってきました。高校生の時に体育祭でクラスTシャツをつくったりしますよね。それが好きで毎年やっていたことがテキスタイルを専攻することに結びついたんです。大学では洋服づくりをする同級生も多く、僕もワンピースをつくりました。友達を採寸して布を切って縫い合わせたものを2,3着つくったのに全部着れなかったんですよ。最初で最後の服づくりでしたね。これで洋服はいいかなと思いました。

洋服以外のものを見つけようという中で、まわりがつくっていないものを探していたところ、傘が布だということに気づき、つくってみたのが始まりです。最初は、ワンピースが着られなかったように、傘が開かないこともありました。難しかったですね。緩いとたわんでしまったり。洋服のようにこだわったパターンみたいなものはなく、基本的な形をつくるということが逆に難しいんです。当時は自分が染めた布が傘の形になっていれば十分、という感じでしたね。

――独学で傘づくりを学んでいったのでしょうか。

そうですね。落ちているビニール傘を分解したりして独学でした。卒業制作をつくるにあたり、縁あって傘の部品屋さんとやり取りすることができ、傘の骨組みをオリジナルでつくっていただきました。実は未だにお世話になっているメーカーさんです。また、もう一つ受け入れてくださったのがとある傘屋さんのおばあちゃんでした。「お店で私もずっと傘をつくっているから、来てくれれば見てあげる」と言ってくれて。制作の手助けをしてくださったんです。

とにかく見よう見まねでしたね。傘屋さんや部品屋さんへ行ったり、資料をまとめるにしても傘のことを調べ続けて、1年近く傘と向き合っていました。友達にも傘の話をしていたら、まわりからも“傘の人”みたいになって。洋服やインテリア系のテキスタイルをつくる人たちの中で、完全に傘は浮いていました(笑)。

大学を卒業して一度傘には区切りをつけて違うことを仕事にしていたのですが、無意識のうちに卒業してからもなんとなく傘側に立つというか、傘に対して毎日気にしながら過ごしていました。普段歩いていても癖で、あの傘面白いなとか、交差点でもビニール傘の人を数えて割合を出したりだとか。こういう風な色柄の傘があったらと想像したり、世の中にない傘について徐々に考え始めたんです。そこからまた傘をやってみようと思い立ちました。

――色とりどりの傘のテキスタイルはどのようにして生まれるのでしょうか。

人が傘を持って歩いているイメージから、こういう傘があったらいいなと考えます。スケッチもずっと続けていますね(写真上から3枚目)。最初は紙切れに描いていたのですが、ある時からノートを持ち歩くようになりました。手帳に描いたりもしています。あらゆるものを描く中で、その時期にしか見られない花があることに途中で気づきました。毎年スケッチしている木蓮という花がありますが、今は見ることができないから描きたくても描けないんです。

例えば木蓮をテキスタイルにする場合だと、白い花を描くというよりは、周りに色を塗ることによって白い花をどのように表現しようかな、と考えます。同じ絵でも、薄い布にプリントをする方法や、刷毛で染めるような工場さんにお願いしてにじみを出すこともできます。雨傘に使われるナイロン系や日傘に使われるリネンのどちらにプリントするかでも変わってきます。素材と絵やイメージの組み合わせでいい感じになりそうな布はどれだろう、と決めることもありますね。

――プリントだけでなく、刺しゅうのテキスタイルもたくさん制作されていますよね。つくるときに大切にされていることを教えてください。

刺しゅうを用いることができるのは日傘だけになってしまうのですが、触り心地と透け感ですね。プリントと違い刺しゅうは立体物なので、傘を空にかざすと透けたときの表情が全然違うものになるんです。プリントの布は、透けても色柄しかないのですが、刺しゅうは色柄に加えて立体感が独特の影になるんです。絵を布にプリントすることで表現はしているのですが、感覚で大事にしているのは、絵というよりは傘を差している人が見上げる感じを想像することですね。

――人が傘を差すことで初めて気がつく魅力ですよね。

そこが面白いところですよね。あと、傘を閉じた姿も個人的には好きです。僕は日傘は差しませんが、もので持ち歩いている楽しさというのは共感できます。閉じてカバンに入れてしまってもいいのですが、ものとしての幸せというか、グッとくる力が刺しゅうにはあると思うんです。立体的なのでたたまれるとボリュームも出ますが、軽くてシュッとした傘という実用面とは真逆の、刺しゅうたっぷりで重くてぼてっとした傘といいますか。なので、触り心地や持った感じを大事にしています。

――特に思い入れのあるという「のり弁」柄の日傘について聞かせていただけますか。

「のり弁」柄の日傘を制作するにあたって、まず自分でミシンで試したものがこれです(写真上から6枚目)。のりって立体じゃないですか。お弁当を開けてのりが乗っているのって、何がうれしいって立体感がうれしい。のり好きな人からしたらのりがうれしいんでしょうけど。もののうれしさ、のような。ラーメンのゆで卵とかも、別にあってもなくてもいいけど、乗っている立体感がうれしいという人って結構いると思うんです。

この生地は下にお米がプリントされています。一度工場でお米のプリント生地をつくってもらったあとに、刺しゅう屋さんへ渡して、本物ののりのような立体にしたいと伝えました。中から透けさせると重なりが出て、よりのり感が出るんです。留め具の梅干しは、当時は悪ノリでつけたんです。同級生で焼き物作家がいたのでつくってもらいました。

僕にとって傘は、学生時代の卒業制作のようにただ面白い、という世界ではなくて。使う人がいて直す人がいて、買えますか?と言ってくれる人がいることで、人に使ってもらう魅力に気がつきました。欲しい人がいる限り、できるだけ多く見てもらいたいですし、楽しんでもらいたいという気持ちがあります。

 

text:高山かおり photo:中矢昌行


Yoshihisa Iida

イイダ傘店主宰。日傘・雨傘を布地からデザインし、一本ずつ手作りで制作する。店舗はなく、年2回の受注会とイベント等の販売で全国を巡回する個人オーダーの傘屋。傘の他にもテキスタイルデザインから発展させた布ものや紙ものも制作。また、映画・舞台などの傘制作や異業種とのコラボレート、その他にも傘にまつわる活動を行う。著書に『イイダ傘店のデザイン』(パイインターナショナル/2014年)など。2020年9月にはスパイラルガーデンにて15周年記念となる展覧会「翳す」も開催した。


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