Interview 017
Risa Noritake
刺しゅうとは祈りのようなもの、インドでは尚更。
そこに魅力がある。
August 20, 2020
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。第十七回目は、岐阜県美濃加茂市で、主にインドの伝統的な技法や手刺しゅう、手織りなどの美しい天然素材の生地を使ったファッションブランド「yatra」を主宰する、則竹里沙さんに登場いただきました。
――則竹さんがファッションに興味を持ち、「yatra」を立ち上げるまでのことを教えてください。
大学では油画を専攻していましたが、油絵をやりつつ布で立体をつくることもしていました。パターンの勉強をもっとしたいと思って文化服装学院へ。そこで、パターンって一生勉強だなと、「分かった」というものではないなと思いました。卒業後は、アパレルメーカーにパタンナーとして就職しましたが、めちゃくちゃスポ根の会社で鍛えられましたね(笑)。
その後、転職した会社がインド、ヨーロッパ、アメリカ、中国などいろいろな国で製品を生産して輸入し、販売をする卸しの会社でした。パターンの仕事だけでなく、資材の発注から在庫管理まで様々なことをひとり一人が受け持つ会社で。海外向けに英語で仕様書を書くなど、すごく勉強になりました。
――元々、独立してやりたいという思いがあったのですか?
いつか、独立したいという気持ちはありました。アパレルメーカーですとテキスタイルをつくる人、パターンを引く人、デザイナーと担当が決まっていて、全部をひとりでやることはありません。でも、全部を自分でやれたらいいなというのが独立のきっかけです。
――主にインドの手仕事でつくられた生地を使ってブランド展開をされていますが、インドに興味を持ったのはどんなところからでしょうか?
ひとつ目の会社を退職した後、1カ月ほどインドに行きました。真っ白な生地に刺しゅうがびっしりと入ったクルタシャツを着ているおじさんを見かけました。恰幅が良くてヒゲの生えたおじさんが、女性物のような繊細なものを着ている。「何、あれ」って衝撃を受けました。後から、ラクナウという街でつくられる伝統的な手仕事、「チカン刺しゅう」(写真上から1.2枚目)だということが分かりました。別々の布がはぎ合わされているのですが、そのつなぎ目をパッチワークのような手まつりの技術でかわいい模様にしているんです!信じられないテクニックです。インドって底知れない、秘められた技術があるって思いました。
あれから何度もインドに行っているのに、「分かった」ということがない。まだまだ未知数で、底知れない。毎回新しい発見があるところが魅力ですね。
――インドとの取引を行う上で大変なことはありますか?
ファミリーの絆が強くて、インド人同士でも信用していない。ましてや、紹介も何もない外国人の私は、初めは全然相手にされませんでした。刺しゅうを発注するのも、最初は大変でした。絵を描いて、こういうステッチにしてほしいと細かく発注をしたら、かえって変になってしまって。インドの刺しゅうは地域によって伝統的な決まった刺し方があるので、それを無視すると思った仕上がりにならないことに気がつきました。それ以降は、ステッチは自由に刺してもらうことにしてイメージを伝えるようにしました。
おもしろかったのは、クラゲを発注した時ですね。砂漠地帯なので、クラゲはもちろん海の生き物も見たことがない。クラゲの画像を見せながら、プラスチックみたいに透明で柔らかくてとイメージを伝えました。クラゲを知らない人が刺しゅうできるかなと心配でしたが、透けている感じとかヒダのところなどいい感じにあがってきて(写真上から3枚目)。テクニックはとにかくすごいので、イメージを伝えることが大切なんです。
――ほぼ毎シーズン、刺しゅうが入ったお洋服を作られていますが、刺しゅうの魅力やモチーフ選びはどのようにしているのですか?
刺しゅうの原点は、文化服装学院の卒業制作でつくったドレス(写真上から4枚目)です。自分で布を染めて、自己流で刺しゅうをして。当時から「モチーフが向かい合っている」作品をつくっていて、このシリーズが今も割と続いています(写真上から5枚目)。一般的にみんながかわいいとかきれいと言うものではなく、私なりに美しいと思ったもの。美濃加茂で活動をするようになってからは、自然や植物のフォルムにより惹かれるようになり、参考にすることもありますね。
刺しゅうが入ったものをつくるのは、古今東西、かつて刺しゅうというものは単なる刺しゅうではなく、人々の願いを込めるものだったからだと思います。家族が健康でありますように、子どもがすくすく育ちますように、など。日本の東北地方の刺し子やバングラデシュ、タイの少数民族の衣装、イランやパキスタンのイスラムの刺しゅうもそうです。昨年訪れたグジャラート州のカッチでは、サイズが変わってすぐに着られなくなることが分かっている赤ちゃんの服ですら、びっしりとほどこされている刺しゅうを見ました。祈りを通り越して呪いとすら感じられるほど、念が込められているような……。
そんな刺しゅうがインドでは今でも残っています。だから人を惹きつけるのかもしれません。1年に1型か2型ですが、刺しゅうのものを続けていきたいと思っています。
――次回の刺しゅうシリーズもとっても楽しみです!今後、挑戦してみたいことはありますか?
今まではインドを中心に生産してきましたが、コロナ禍で自分が作るものとインドに任せるものとを、考え直すきっかけになりました。今後は、自分でつくるものも増やしたいと思っています。植物染めを取り入れたり、手織りを習っているので部分的に織りを使ったりしたいですね。
text:杉江さおり photo:junya
Risa Noritake
愛知県名古屋市生まれ、岐阜県育ち。高校時代をパリで過ごす。多摩美術大学絵画学科油画専攻を卒業後、文化服装学院へ。卒業後、アパレルメーカーにパタンナーとして勤務。数年勤めたのち退職しインドに行き、手刺しゅう、手織りの文化に触れる。その後、パターンから発注、在庫管理まで全てのことを担うアパレルメーカーに勤務。2014年に、デザインからパターン、テキスタイルまで自身で行うブランド「yatra」を立ち上げる。2018年には、古い町並みが残る旧中山道の一角にアトリエ兼店舗をオープン。
「yatra」
岐阜県美濃加茂市太田本町2-8-13
13:00〜17:00(不定休)
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。