Interview 039

000(Triple 0)

TRIPLE_O

いかに刺しゅうを裏切るか。
既成概念を打ち破る糸のアクセサリー。

October 20, 2022

第38回で紹介した笠盛が手がける自社ブランド・000(トリプル・オゥ)。刺しゅう工場の最先端の技術と、職人の熟練の技から生まれた糸のアクセサリーについて、トリプル・オゥ事業部マネージャーの片倉洋一さんにお話を伺いました。


ーー000というブランドが生まれたきっかけについて教えてください。

笠盛は刺しゅう工場として長年やってきましたが、業界的にも規模が縮小してきて、生産拠点の大部分が中国に移っていく中で、経営を安定させるというのが会社の大きな方針としてありました。そのためには下請けではない仕事を確立させる必要があったのと、「桐生という産地を活気づけ、雇用を守りたい」という会長・笠原の強い思いもあり、自分たちで企画して商品を制作しようとなったのが000の始まりです。自社ブランドを作るというゴールだけは決まっていて、プロジェクト自体は「あとは任せた」という感じで自由にやらせてもらいました。

ーーなぜ刺しゅうのアクセサリーを作ろうと思ったのでしょうか。

カサモリレースという独自の技術を用いた製品をヨーロッパへ輸出していたのですが、ジュエリーデザイナーの方がよく購入してくれていたんです。また、その当時国内のアパレルメーカーでOEMのアクセサリーを作るのを担当していたこともあり、「もっと刺しゅうを活用して、できることがあるんじゃないか」と可能性を感じ、アクセサリーを作ることになりました。2010年にスタートし、2年目ごろまではクッションなども作っていたので様々なアイテムがありましたが、2013年からはアクセサリーだけに絞っています。クリエーションの純度を高くして、より自分たちらしく、この土地らしさを活かすのなら、アクセサリーづくりに専念した方がいいという結論に至りました。

ーーデザインはどなたが担当されているのでしょうか。

デザインは僕が一人で担当しています。大学では工学部に通っており人間工学を専攻していたのですが、卒業後にイギリスの美大に行って、アートとエンジニアをミックスしたアプローチができないかと色々と挑戦してきました。刺しゅうは柄を表現するとか装飾するために使われることが多いですが、000に関しては構造や組織そのものを作るというのを意識しています。従来の刺しゅうとはまったく捉え方が違うので、それが甘すぎないシンプルなデザインに繋がっているのだと思います。

元々一人で始まったブランドだったのですが、今はチームも大きくなりました。生産技術チームが商品制作を担っていて、サンプルを作ってみて出てきた生産面での問題点などをみんなで話し合いながら進めています。技術的な開発も大きな割合を占めているので、素材開発だけ先行して別で動いていたりもします。

ーー最初にできた商品について教えてください。

ショールみたいに巻いて使えるラリエットです(写真上から1枚目)。000の他の商品にも共通しているのですが、使う人がアレンジする楽しさを感じられるように、余白を残しておきたいと思いながら作りました。また、「どこまで刺しゅうを裏切るか」が全体のテーマとしてあるので、刺しゅうでできているけれど刺しゅうっぽくないものを目指していて、この時はジュエリーに見えるような金属っぽい糸をオリジナルで開発しました。今まで下請けで刺しゅうをしていたときは、糸は既存のものから選ぶという意識しかなかったので、自分たちで作るというマインドに切り替えるのが高い壁で。それを乗り越えられたという点でも大きな意味を持つ商品です。

糸は製品化してからも、アップデートしていっています。糸を作るときは1mに何回撚りを入れるかが大事な条件なのですが、増やしすぎても減らしすぎてもダメですし光沢や見え方も変わってしまうので、毎回レシピをつくるときは葛藤に苦しんでいます(笑)。見栄えだけでなく、着け心地などもレビューして改良を重ねていきます。撚糸職人さんと組むようになってから知ったのですが、職人さんって自分が作った糸がどういう生地になって、どういう服になっているのか把握していないことが多いんです。000では作った糸が製品になっている様がはっきりと分かりますし、自分の仕事が目に見えるようになって励みになると喜んでもらえました。

ーーコラボレーションして、ものづくりの輪が広がったからこその気づきですね。現在、商品数はどれぐらいあるのでしょうか。

デザインは60種類ぐらいで、カラーバリエーションも含めた商品数は200以上になります。中でも「ここまでもっていきたかった」というのが、シルクでできているネックレスのシリーズですね(写真上から2枚目)。重ねても使えるように、わざと糸玉の位置や大きさをずらしています。刺しゅうで玉という立体を作るのが大きなハードルだったのですが、小さい玉の状態から徐々に大きくしていって実現することができました。今年の9月には、糸玉の間隔を狭くし、パールのネックレスにより近づけた商品も発表しました。最初に作ったラリエットも個性的で面白いのですが、毎日着けるようなものではないので、使うシーンや人を選ばず、日常に溶け込むようなやさしいアクセサリーを目指していて。日本らしいシンプルなジュエリーというとパールのネックレスが一番に浮かんだのと、群馬がシルクで栄えた土地ということもあり、シルクの糸でパールのネックレスを作ることになりました。

一般的にものづくりをするときは、自分たちの得意なものから広げていくような形になると思うのですが、そういう作り方だとこの商品は絶対に生まれなかったですね。000というブランドの名前にも由来するのですが、「既成概念にとらわれずゼロから新しいものを作っていこう」ということを大切にしていて、自分たちに対するチャレンジでもありました。1、2年ぐらい失敗を繰り返しましたが、この商品の制作に成功したのがきっかけで、今後何かあったときも諦めないという理由を作ることができました。

ーーその他に、特徴的な商品などはありますか。

こちらのワルツネックレスは(写真上から3枚目)、バラバラのパーツを組み立てているので、長さを自由に調整できます。さらにリバーシブルになっているので、裏返すだけで雰囲気も変わりますし、使う人の好みによってカスタマイズできるのが従来のアイテムとは大きく異なります。制作に一番時間がかかっているのは、つけ襟タイプのネックレスです(写真上から4枚目)。刺しゅうは縫っているときにテンションがかかるので元々縮みやすいのですが、この商品を作るときは湿気に弱い水溶性の布を使っているのでより縮みやすくて、綺麗な丸を作ることが難しいんです。そのため、梅雨の時期には作ることができず、冬限定で生産しています。

ーーこちらのショールーム(写真上から5枚目)には全ラインナップが並んでいるとのことですが、どういった経緯でできたのでしょうか。

ショールームは桐生の建築家にリノベーションしてもらい、2020年の秋にリニューアルしました。ものを売ることも大事ですが、使う人と作る人を繋ぐ場を作りたかったというのが大きな理由のひとつです。今まで下請けだけをやっていたときは感じづらかったのですが、ショールームができたことで自分たちの商品に誇りを持ちやすくなり、働く側にとってもメリットがありましたね。なので、店番は000に関わっているスタッフが交代で入っています。関わっている工程がそれぞれ違うので、そのスタッフだから話せる制作秘話などもお伝えすることができます。

笠盛には「感動を創造する」という理念があり、お客さんの心を動かすとかワクワクやドキドキといった気持ちを作ることが、僕たちが働く意義だと思っています。ショールームも、訪れた人が心躍るような空間になるよう心がけています。ここでしかできないお買い物体験を大切にして、「来てよかった」「また来たい」と思ってもらえたら嬉しいですね。

ーーお客さんと交流することで、生の声を聞くことができるという良さがあるんですね。

実際にお客さんの話から、制作のヒントを得たりすることもあります。糸のアクセサリーの利点として、夏場は汗でくっつかないとか、冬場はひんやりしないとかもあるのですが、楽器を演奏する方やアナウンサーの方にとっては、ぶつかったときに音がしないというのが大事なんだそうです。自分たちだけでは気が付かなかった点なので、直接コミュニケーションがとれるというのは大きいですね。

また、お客さんの話を聞いていると、金属アレルギーで困っている人が結構多いので、留め具も刺しゅうで作った金属フリーのアクセサリーも今後増やしていければと考えています。もちろんアレルギーじゃない方でも、糸のアクセサリーの魅力として豊富な色の中から選べるというのがあるので、ファッションを楽しむひとつの選択肢として、新しい価値を提案していきたいです。

text:藤枝梢 photo:中矢昌行


取材後記

刺しゅうを用いたアクセサリーの中でも、一見とてもシンプルだけれど、洗練されていてわかる人にはわかる高い技術が用いられていて、いい意味でそれを感じさせず、多くの方に似合うデザインが魅力的なトリプル・オゥさんのアクセサリー。今回お話を伺って、流石だなぁっと感じた点がいくつかありました。

それは、老舗メーカーだからこその技術力とデザイン力、懐の深さでした。時代の流れやニーズも敏感に感じとりながら、高い目標を掲げてそれに挑む姿勢はとても勉強になりました。誰も見たことのない、やり方もわからないことを目標にして何から手をつければいいかわからず乗り越えられないことは、世の中にたくさんあると思います。それでも、これまでの経験や地域の方々にアドバイスを求めたり、産地ならでは、老舗ならではのアプローチや壁の越え方というのは、本当にすごいと思います。その壁を越えたときに見える景色や、越えたからこそ見えてくる新たな目標やリアクションが今後のブランドを支えていく。

簡単には真似できないことかもしれませんが、迷ったり、悩んだときには1番に相談したいと思ってしまいました。これからも、『これが刺しゅう!』という驚きとともに、人々を感動させるアクセサリーの数々を拝見できるのを楽しみにしています。

atsumi


Information

000(トリプル・オゥ)

ファクトリーショップ:群馬県桐生市三吉町1-3-3