Interview 040
Charm Fashion Oki
刺しゅう工場の新たな挑戦から生まれた、
サステナブルな糸のボタン。
January 20, 2023
今回は繊維産業が盛んな土地・桐生で、刺しゅうボタンを制作しているチャームファッションオオキにお邪魔しました。長年培ってきた刺しゅう屋としての技術がボタン作りにどのように活かされているのか、代表取締役の大木康雄さんにお話を伺いました。
ーーチャームファッションオオキではどのようなことをやっているのでしょうか。
様々なブランドから依頼を受け、洋服へ刺しゅうすることが主な業務内容となります。企画提案型の会社なので、色々な刺しゅうのサンプルを作ってメーカーやデザイナーさんに見てもらい、注文を頂いています。うちのミシンを2台貸し出している工場が近くにあり作業は分担していますが、その工場は縫うのが専門なため、企画やデータ作りなどはすべて1人で行なっています。
元々父親は縫製をやっていたのですが、30年ぐらい前に刺しゅう機を導入し、それからは縫製と刺しゅうの両方をやっていました。僕は学生時代は文化服装学院のテキスタイル科に通っており、卒業後はそのまま東京のアパレルメーカーに営業として入社しました。3、4年働いたのち父親から「戻ってこい」と言われ桐生に帰ってきて、ちょうどそのタイミングで縫製をやめ、刺しゅう1本に絞ることになりました。
ーー提案用の洋服もたくさん用意されているんですね。
近頃はプロのデザイナーも少なくなってきたので、見本となるスワッチだけでなく、実際に製品化したものを見てもらった方が分かりやすいんです。うちが最も得意としているのは、スパンデックスという伸縮性のある素材に刺しゅうを施すことです(写真上から2枚目)。元の生地を加工して柄を付けていくのですが、詰まり具合も自由に調整することができます。
ーー素材の特性や機械の扱い方などをよく知っているからこそ、色々なことに挑戦できるのですね。糸のボタンは、どのような経緯で作ることになったのでしょうか。
下請けとして今までずっとやってきたのですが、こっちがどんなにいいものを作って提案しても、相手がいて成り立つ商売なのでどうしてもギャップが生じてしまうことがあるんです。それなりに割り切ってやってきたのですが、やっぱりどこかで「違うんじゃないか」というわだかまりがあって。だったら自分で本当にいいものを作ろうと思い、4年前ぐらいに開発を始めました。ボタン以外にも色々と考えたのですが、今回はただ作るのではなく、みんなが欲しいと思うような需要のあるものを作りたく、最終的にボタンになりました。
ーー環境に配慮したボタンということでも注目を集めていますが、SDGsについても当初から考えていたのでしょうか。
最初はそういったことは考えず、レーヨン糸でボタンを作り硬化剤に浸して固くするという手法で作っていました。完成して市販できる状態までいったのですが、やっぱり今の世の中の需要を考えると、リサイクルやサステナブルという価値観がますます大事になると感じて。レーヨン糸のものは途中でやめ、現在の素材に急遽路線変更しました。糸が変わると刺しゅうしたときの感じも全然違うものになるので、またゼロからのスタートでしたね(笑)。
現在販売しているボタンは、素材としては2種類用意しています。ひとつは、リサイクルポリエステル繊維で作られた、エコラポスという再生刺しゅう糸を使用しています(写真上から3枚目)。「100%リサイクルで作られている」という謳い文句の糸で、68色の中から好きな色を選ぶことができ、サイズは11mmから16mmまで展開しています(写真上から4枚目)。
もうひとつは綿でできているもので、光沢がない分やわらかく温かみのある雰囲気が特徴です(写真上から5枚目)。綿なので、最終的に土に還るという点で環境にもやさしいものになります。綿の方が小さいサイズの調整が難しく、12mmから16mmまでとなるのですが、色の種類はエコラポスより豊富で110色あります。
ーーボタンを作る工程について教えてください。
データはパソコン上で作っていて、0.1mm単位で調整が必要なので、3、4千回ぐらいは直しました。作るときは水で溶ける芯に刺しゅうをしているのですが、刺しゅうしているうちに毛羽みたいなのがついてしまうので、最初から毛羽が出ないようミシン自体にも手を加えました。ミシンの作業に入ったらボタンを押して、あとは割とほったらかしにしています。
いざやってみると、今まで作ったものの中で一番苦労しましたね。土台も何も入っていないので、薄いとやわらかすぎてボタンとして機能しないですし、穴を綺麗にあけるだけでなく形もまん丸に整えなければならず、色々な壁をひとつずつ乗り越えてやっと形になりました。1、2個作るだけなら問題なくても、1,000個、10,000個という膨大な数になってもまったく同じ規格で制作できないといけないので、細かな調整が大変でした。ボタンは頼まれて作っているわけではないので、その分労力もかかりますが楽しいです。いいものができたときは嬉しいですし、それがエネルギーの源になっていますね。
ーー大変な道のりだったんですね。完成してからの反響はどうでしたか。
群馬では、県内の優れた工業製品等を選定するグッドデザインぐんまを実施していて、令和3年度の優秀賞をとったんです。それを機にテレビや雑誌でも紹介してもらい、問い合わせも徐々に増えてきましたね。一番問い合わせいただくのが手芸をやっている個人の方なのですが、小売りは行なっておらず……。綿のボタンだけですが、神戸にある雑貨屋・CHECK&STRIPEには卸しているので、そちらでお買い求めいただければと思います。CHECK&STRIPEは、社長と奥さんがわざわざ工場まで来て「どうしても卸してほしい」とおっしゃってくれて。最初はオンラインショップだけの予定だったのですが、今は店舗でも扱っていただいています。
それと、4月ごろからはアイリスのサンプル帳にも載せてもらって、販売を開始しました。アイリスは国内だけでなく海外にも展開しているので、世界中のお客様にも手に取ってもらえたら嬉しいです。
ーーどんどん夢が広がっていきそうですね。今後はどのように商品展開しようと考えているのでしょうか。
糸のボタンをベースに、バックステッチでかごのようなイメージの柄をつけた「S.Line」というシリーズが最新のもの(写真上から6枚目の左側)になるのですが、今度はボタン自体にプリントして柄をつけようと思っています。ポリエステルのものだったら、転写プリントかインクジェットで簡単にプリントできますし、洗濯やアイロンも問題ありません。
また、刺しゅう屋なので糸でも変化をつけられればと考えています。たとえばパジャマのボタンがプラスチックだと寝る時にあたったりして気になることもありますが、糸のボタンを使うことでそれを軽減することができます。介護の分野などにも応用できると思うので、今よりもやわらかいボタンも検討しています。それと、糸でできているため「レントゲンにも写らないのではないか」と試したことがあります。ボタンがいっぱいついたTシャツを大学の研究所で撮ってもらったところ、うっすらと写ってしまって。厚さを調整して再検査を依頼しているので、うまくいったら医療の現場でも使えるのではと考えています。
text:藤枝梢 photo:中矢昌行
取材後記
とある出張先のホテルでたまたまつけていたテレビで刺しゅうのボタンのことを知りました。すぐに検索して、実物を見てみたいなぁっと思っていたある日、こちらも偶然お会いした、土に還る素材のみでお洋服をつくる方が見せてくださったのが刺しゅうのボタンでした。
サステナブルや SDGsという言葉をよく耳にするようになり、アパレルに関わるメーカーさんが標的のように言われることも少なくありません。そんな中で各社努力をされているのですが、刺しゅうのボタンというのはとても新鮮でした。
だけど、わたしの小さな脳みそでも難しいことは容易に想像がつきます。わたしも刺しゅうデータを作る機会がたまにあるのですが、1回で完璧なんてことは絶対にありえないことです。ましてや、それが立体的でボタンとしての強度や役割を果たすとなればなおさら。お話を伺って、想像以上の試行錯誤をされたことを知ったのですが、そこで満足することなく、次々にやりたいアイデアがあることがとっても素晴らしいと思いました。
また、知識や経験のないデザイナーさんに向けて色々な刺しゅうを提案できるようにと日々考えている姿勢も本当にすばらしい!新しいことに挑戦するに至った経緯は、日本の技術や単純に仕事を守るという部分もあるのですが、悲観しすぎず楽しんで臨む姿勢はどんな立場の人も見習うべきものがあるのではないかと感じ、お話を聞かせていただけたことを改めて嬉しく思いました。
atsumi
Information
チャームファッションオオキ
群馬県桐生市境野町6-461-3
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。