Interview 026

Alice Makabe

Alice Makabe

ひと針ひと針刺して立体になることで、
植物が命を帯びていく。

July 20, 2021

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。7年前のイスラエル旅行から帰国後、主張せずにのびのび生きる草花や木々を愛しく感じるようになり、植物を刺しゅうでみずみずしく表現するようになった、刺しゅう作家のマカベアリスさんにご登場いただきました。


ーーマカベさんは、いつ頃から刺しゅうを始められたのですか。

見よう見まねでフェルトで小物を作ったり、母が大事にしていたレースのリボンを切り刻んでお人形の服にして怒られたりしていました。刺しゅうは、小学校低学年の頃、フェルトのマスコットに目や鼻を刺したのが初めてだったと思いますが、そのときは続けようとは思いませんでしたね。洋裁は得意ではなかったけれど、布や糸を触っているのがとにかく好きで、手芸店に積んである生地や糸を見るとドキドキ、ワクワクするような感覚があって。布でのものづくりや編み物は、ずっと生活の一部でした。
本格的に夢中になったのは、長女を出産してからです。たまたま雑誌に子どものキュロットスカートの作り方が載っていて、「あ、これならできるかも」と思って。作ったらすごくかわいくできて、自分にも洋服ができるんだと自信がついてはまりました。子どもたちが寝た後、本を見ながら次々作って、できあがった服にお花や動物などを刺しゅうしたこともありましたね。
洋裁を極めようと思って、文化服装学院のオープンカレッジに通ったのですが、パターンを引くことや計算は性に合っていないことに気づきました。模索するうちに、ふと刺しゅうをしてみたら、自分にすごく合っているなと思ったんです。

ーー刺しゅう作家として活動されるまでの道のりを教えてください。

上手ではないけれど絵を描くのも好きなので、刺しゅうは、幼い頃からずっと親しんできた糸を使って絵を描く感覚です。自分が表現したいものを糸で表現すること、色や形に決まりはないということが、自分にすごく合っている気がしたんです。初めは自信がなかったので、クロスステッチから始めました。見てその通りに刺せば、その通りのものができるから。でも次第にそれではあきたらなくなって、自由に刺したほうが向いているなと思うようになりました。
左利きなのと、刺しゅうの先生になるつもりはなかったので、すべてのステッチを網羅する必要はないかなと考えたのもあって習いには行かず、本を見ながら独学で習得しました。
でも、これまでのように趣味として自分や家族のために作るのではなく、もっと強く何かを作りたい、違う方向に行きたいという、どうにも抑えきれない欲望がムクムクと湧いてきたときがあって。刺しゅうしたものをハンドメイド作品を販売するサイトで売ることにして、出品し始めたのと同じ頃、友人から「ギャラリーで展示をするから、一緒に出してくれない?」と誘ってもらって、初めてグループ展に出展しました。それが2012年のことです。

子どもが好きで保育士をしていたのですが、結婚を機にやめて、20年ぐらい専業主婦だったので、仕事をするのは久しぶりのこと。でもそのときはまだ仕事になるとは思っていなくて、自分のオンラインショップを開いて「家にいながら、過不足なく活動できればいいかな」ぐらいの気持ちでした。展示会のことをブログに載せていたら、雑貨店やギャラリーの方から声を掛けていただいて、取り扱いや展示につながっていきました。2017年には初めての書籍(「野のはなとちいさなとり(ミルトス)」)を出版して、それから年1〜2冊のペースで制作しています(写真上から2枚目)。

ーー初めての書籍は、絵本だったんですよね。絵本は以前からお好きだったのですか。

学生時代に絵本の授業があって、そのときに絵本が大好きになって、保育士をしていたときも子どもたちに読み聞かせをする時間が一番好きでした。大人になると分別がついて、これは現実の世界、これは空想の世界とはっきりしていますが、子どもって現実と空想の世界がひとつなんですよね。子どもの顔がどんどん変わっていって、そこにスーッと入っていく瞬間があるのですが、それを見るのが快感というか、気持ちが軽くなるんです。心の中でいくらでも広げられる、遊べるというのを見ると、いつも教えられますね。子どもの心の力って本当にすごいなと思うし、絵本のお話にはそういう力があると感じています。

初めての書籍を出したミルトスはイスラエル関連のものを専門に制作している出版社なのですが、私はキリスト教の信仰を持っていて、20代の頃、通っている教会の方たちと1年ほどイスラエルに留学していたことがあって、そのご縁がつながって出版に至りました。2015年頃、ミルトスのカタログやオンラインショップ用にヘブライ語を刺しゅうしたブックカバーを依頼されて作っていたのですが、それを見た社員の方が「マカベさんの作品には物語を感じるから、絵本になるんじゃない」と言ってくださって。「それはないな、そこまでの才能ないし」と思いましたが、これを受けなかったら一生作ることはないかもしれないと考えて、お引き受けしました。
実際に作り始めたら何も思い浮かばなくて、もう断ろうかなと思ったときに、ふっと湧いたストーリーがあって。主人公のイメージが出てきたら、続けてバーッと湧いてきたんです。人に心を開かない、ひとりぼっちの小鳥が主人公なのですが、羽根の色が美しくないからみんなと仲間にはなれないと思っていて、いつも唯一の友達であるお月さまに話しかけていて。そんなとき森で白い花に出会って、思わず歌を歌い出して……というお話です(写真上から3枚目)。
私も本作りが初めてでしたが、出版社も絵本を出すのが初めてだったので、お互い手探りで作っていきました。手芸本と違って流れに沿って作る必要があるし、何度も出てくるキャラクターは同じ顔にしなくてはいけないし、ページ割りやバランスも考えて。何十枚も刺しゅうしたのがほとんどボツになったりして、かなり苦戦しました。鳥が全部刺しゅうだと生地がつってしまうので、アップリケも入れたりしながら、刺すだけで4カ月ぐらいかかりました。
私の作品を見た方から、なぜか「物語を感じる」と言っていただくことが多いのですが、自分ではそれを意識したことはありません。作るときはいつも「作品」ではなく、「何かしらが心に響くといいな」と考えながら作っているなのかな?と思っています。

出版後、山形と高松、東京(西荻窪)の3カ所で個展をさせていただいて、東京はずっと在廊していたのですが、とてもたくさんの方が来てくださって。ひとりでちまちま作っていたものなのに、みなさんがいろいろな感想を言ってくださって、「こんなに大勢の方に見ていただけているんだ」「こんなに広がるんだ」という醍醐味を感じました。いいのか悪いのか、正解がわからない中で作業しているし、普段は本当に孤独ですから(笑)。
その後も何冊か書籍を作らせていただいていますが、作業には時間がかかるし、短期間でたくさん作らなくてはいけないので、制作中は結構カラカラになってしまって。ふと「これでいいのかな」と思ったり、煮詰まったりすることも多いですね。

ーー煮詰まるのはどんなときですか。

色で迷ったときが多いです。刺しゅうは図案がいくら良くても、色で印象が決まるようなところがあるんですよね。色がしっくりこなくて「何か違うな」と思いながら刺し続けていると、完成しても「やっぱり違う」となって、最初からすべてやり直したり。一度そういうところにはまってしまうと、スパイラルのようになって、なかなか先に進まなくなります。書籍の制作の後半はそういうことがよくありますね。

ーーマカベさんの色づかいには独特なものを感じますが、色はどのように決めているのですか?

私は真っ白の生地に刺すことはあまりないので、まず生地の色を決めて、図案と見比べながら糸を置いていって考えます。色だけがパンと飛び出た印象になるのが好きではないので、ビビッドな色はあまり選ばず、生地になじむ色を選ぶことが多いです。あと写真や絵本などで「あ、この色づかいいいな」と思うものを見ながら、どうしてこれをいいと感じたか、色の構成がどうなっているかを考えて、その要素を配色の参考にすることもあります。

作品を見てくださった方に、よく「色がおもしろいね」と言っていただくのですが、できるだけありきたりの色にしないように気をつけています。でも生地も糸も色が無限ではないし、絵の具と違って混ぜて使うことはできないのが難しいところ。刺しゅう糸は、好みのくすんだ色が多く、色のバリエーションが豊富な「オリムパス製絲」のものを愛用しています。会社によって糸の硬さやつや、撚りも異なるので、違う会社の糸を混ぜて使うことはしません。糸は会社ごとにわけて、よく使うものは1mに切って、色ごとに箱に入れています(写真上から4枚目)。

ーー植物を刺すようになったきっかけはありますか。

植物を刺すようになったのは、2014年に20代の頃に留学したイスラエルを旅してからです。イスラエルにはユダヤ教というユダヤ人独自の宗教があって、シナゴーグという会堂があったり、首都・エルサレムの旧市街の家はエルサレムストーンという石で作られているので統一感があって美しい。日本では紛争があるときにしかニュースにならないので、そういうイメージがありますが、地中海気候だから四季があって過ごしやすく、自然豊かで、本当にいいところです。
このときは2週間ほど滞在したのですが、不思議と神様に生かされている愛を強く感じました。もともと私はひとりでいるのが好きなのですが、一緒に行った人たちと心が通じ合う感覚があって。イスラエルという土地がそうさせたのかもしれませんが、旅行だから楽しかったというわけではなく、心の壁がガラガラと崩れる気がして、人と心が通じ合うってこういうことなんだという喜びを感じて、本当にうれしかったです。
帰国したら、急に植物がすごくきれいに感じて、道端に生えている草花も喜んでいるように見えました。天からいただいた命をそのまま素直に生きて、誰に見られることもなく、主張することもなく、かわいく咲いていて。「こんなにかわいいのに、あなたここにいたの?」と話しかけてしまうくらい。木を見ても、喜んで葉を広げているのを感じました。
それまで刺しゅうのモチーフは、どうせやるなら人と違ったものを選ぼうという気持ちがあって、パンなど、生きていないものを選んでいました。植物はスタンダードだから選ばないでいたのに、植物をモチーフにしたくてたまらなくなって。でも逆に、そこからいろいろな方が声をかけてくださるようになって活動が広がっていきました。

植物を図案としてではなく、「本当に生きているように表現するにはどうしたらいいだろう?」と考えるようになって、刺すときの気持ちも変わりました。道を歩いて写真を撮ったり、スケッチしながらじっくり観察して、写実的ではなく、とがった葉はピンとなるように、踊っているように見えたら踊っている感じになど、いかに生き生きと見えるかを頭に置いています。今年4月に出した本(「小さな野花の刺しゅう(成美堂出版)」)は野の花がテーマで、実在する花をという依頼があったので、ナガミヒナゲシやハハコグサなどを刺しましたが、いかに写実的にならずに、図案としてかわいくするかというのを考えました(写真上から5枚目)。いつもは「この形おもしろい」「こんな風になっているんだ」というのをバランスを見ながら組み合わせるので、特定の植物ではないことの方が多いです。
刺しゅうは絵と違って、立体感があるところがすごく好きです。植物も命あるものだから、立体になることで、しかも人の手でひと針ひと針刺すことで、命を帯びる気がします。

ーー思い入れがある刺しゅうについて教えてください。

これは12年ほど前、スウェーデンの伝統的な刺しゅう技法で、タペストリーなどによく見られるツヴィスト刺しゅうで作ったポーチです(写真上から7枚目)。まだ刺しゅうの仕事を始める前で、心から楽しいなと思ってやっていた頃ですね(笑)。細い毛糸を使って、ジャバグロス(クロスステッチを刺すときに使うブロック織りの布)に斜めにすくいながら刺して、織物のように作っていくのですが、それがおもしろくて。当時、編み物が上手な夫の母が大事にしていた古い毛糸をたくさん譲り受けたのですが、新しい糸にはない何ともいえない風合いで、それを使ったので、そういう意味でも思い入れがあります。全部刺し埋めるので時間はかかるのですが、無心で手を動かして、だんだん模様ができてくるとうれしくて、本当に楽しかった! 裏地にはリバティプリントの生地を使って、ポーチに仕立てました。この頃はこういう区限刺しゅう(織り糸の目数を拾いながら刺していく刺しゅうの総称)に熱中していて、他にこぎん刺しもやっていましたね。
自分が作ったものは必ず反省点があって、見ると苦しくなってしまうから、家には飾らないし、ブローチなどを身につけるのも個展のときぐらいなのですが、これは今でもリップクリームなどを入れてときどき持ち歩いています。

ーー今後、挑戦したいことはありますか。

ジャンルを問わず本が大好きなので、いつか装丁画をやってみたいです。あと刺しゅうの豪華本も作れたらおもしろいなと思っています。そして、これからも植物を刺し続けていきたいですね。もう少しバリエーションが出せればいいなと思っていて、それが今後の課題です。
私は飽きっぽいし、根気がない人間で、親からもそう言われて育ったのですが、刺しゅうを仕事にしてから10年が経ちました。やりたいことは続けられるんだなと実感しています。

text:増田綾子 photo:中矢昌行


取材後記

刺しゅうのモチーフの中でお花は定番かもしれません。
たくさんの刺しゅうを見ていると、ひとくくりにお花モチーフと言っても作り手によってすごく違います。
これまで多くの方が刺してきたお花にこだわって刺しゅうされてきたマカベアリスさんに、お花を刺すことへの想いや背景について伺いたいと思いました。

お話を伺うと、明確なきっかけがあったことがとても納得。
そして、色選びや素材、形、細部まで気を配っていらっしゃるところが作品に反映されていて改めて刺しゅうと作り手の魅力を再確認させていただきました。
丁寧に向き合っているからこその仕上がりというものが必ずありますね。
かたちのないもの・想いを感じ、受け止め、届けるという、日常に流されていると忘れてしまいそうな大切なことを丁寧に粛々と続けていらっしゃるところが、マカベさんの作品の尊さと美しさの理由なのだと感じました。

『飽きっぽい性分だと思っていた自分が続けられると感じた』という点などなど、作風は全然違うのに自分との共通点も見つかって、ずっとお話していたい素敵な方でした。
刺しゅう作家ゆえの孤独感や喜びを分かち合えたことは、これからのわたしにとって大切な財産になると思います。

atsumi


Alice Makabe

和歌山県和歌山市生まれ。手芸誌への作品提供のほか、個展を開催したり、企画展に参加するなど、さまざまな活動を行う。著書に「野のはなとちいさなとり」(ミルトス)、「植物刺繍手帖」(日本ヴォーグ社)、「マカベアリスの刺繍物語〜自然界の贈り物〜」(主婦と生活社)、「小さな野花の刺しゅう」(成美堂出版)など。9月に新刊を発売予定。

https://makabealice.jimdofree.com