Interview043
Noriko Kouike
野菜をリアルに刺しゅうすることから、
さらにその先のステップへ。
April 20, 2023
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。介護の仕事をしながら休みの日にコツコツと手を動かし、インスタグラムで作品を発表している幸池典子さん。野菜に焦点を当てた作品づくりや、おばあ様との刺しゅうの思い出についてお話を伺いました。
ーー現在の活動を始めることになった経緯を教えてください。
昭和女子大学のプロダクトデザインコースを卒業し、最初に就職した職場を辞めた後、介護の仕事を始めました。介護職は自分に向いていたようでもう十数年やっているのですが、ものづくりとは全然違う分野なので、徐々に何か作りたいという気持ちが芽生えてきたんです。特にこの家に引っ越してきてからは、公園や多摩川などの緑が周りにあふれていて、自然の中を散歩する日々を過ごすうちに心にもゆとりが生まれ、ものを作りたいと思うようになりました。仕事が休みの日は散歩をしたり刺しゅうをしたりという感じでメリハリがあります。全く異なる世界があるから、どちらも楽しみながらやれていますね。
刺しゅうを始めるときにつけた「仔猫のきつね」という屋号は、多摩川の地域猫にちなんでいます。ちょっときつねっぽい顔をした子猫がいて、図々しい性格で我が物顔で街を歩き回りみんなに可愛がられているんです。何度か会いに行くうちにそのたくましさに惹かれるようになって、この名前に決めました。
ーーものづくりの中でもなぜ刺しゅうを選んだのでしょうか。
手芸クラブに入っていたので縫物は小さい頃からやっていたのですが、実は刺しゅうはそんなにやっていなかったんです。でも、祖母がよく刺しゅうをしていた人で昔からその様子を見て育ったので、何かするのなら刺しゅうかなと前から思っていて。見本となる作品もたくさんあったし、祖母がパッチワークに使っていた布や糸などの材料も受け継いで活用しています(写真上から2枚目)。
これは祖母が作ってくれたもので、私と姉が描いた絵を刺しゅうにしてくれたものです(写真上から3枚目)。スパンコールをつけたり、場所によってステッチを変えたり、工夫されています。こちらのバッグも私が描いた花の絵を手本にして、クロスステッチで作ってくれました(写真上から4枚目)。私が幼い頃にたまに会った時も常に針を動かしていましたし、80歳ぐらいまでずっと刺しゅうを続けていて、祖母が刺しゅうをしている姿は今でも目に焼き付いています。
ーーおばあ様の影響もあり、刺しゅうを始めたんですね。インスタグラムは刺しゅうを始めた当初からやっていたのでしょうか。
せっかく刺しゅうをやるのなら多くの人に見てもらいたいと思い、周りからインスタがいいよと聞いて始めました。最初の方は猫の刺しゅうなど野菜以外のものもやっていたのですが、モチーフを野菜に絞るようになってから注目度もあがってきて、2017年には海外の大きいアカウントに紹介してもらったことがきっかけで、そこからさらにフォロワーが増えていきました。気楽に始めたものの、アカウントが大きくなるうちに「これはちゃんとやらないと」という気持ちになってきました(笑)。写真が大事なので、光加減を調整するために撮影する時間帯によって向きを変えたり、野菜ごとに写真映えする角度を考えたりします。インスタを通して世界中から反響をもらえるのは嬉しいですし、様々な人と繋がっている感覚が面白いですね。
ーーどうして野菜の刺しゅうをしようと思ったのですか。
何か決まりを作らないと本来の目的からそれていってしまうタイプなので、色々なものに手を出すよりはひとつのことを極めたいと思ったんです。その枠の中でやった方が、やりたいことができる感覚があって。たまたま刺したキャベツの刺しゅうをリアルだと褒めてもらえて、そこから野菜の刺しゅうが始まりました。刺しゅう糸と野菜の繊維の感じがよく合っていて、刺しゅう糸が自然と野菜になっていく感覚があります。色々な野菜を刺しゅうするうちに、もっとリアルにできるんじゃないかとワクワクしてきて、スーパーに売っている野菜を端から買っていって練習を重ねました。
ーー葉っぱや茎など、細かいところまで綺麗に再現されていますね。立体感を出すために何か工夫していたりするのでしょうか。
フェルトで芯を入れることもありますが、最近は6本取りぐらいで土台となる糸を先に通して立体的にしています。高さのないところから刺し始めて奥から手前に進んでいき、最後に根っこやポイントになるところを仕上げます。糸の色の濃さを変えることで奥行きをだしたり、フレンチノットステッチで刺すときは奥は一回巻きで手前になるにつれ巻く回数を増やしたりします。学生時代にプロダクトデザインの勉強をしていたことも活かされていますね。
かいわれ大根なんかは、糸をねじりながら引っ張って固定させています(写真上から5枚目)。よくどうやっているのか聞かれるのですが、オリジナルで編み出した方法なので説明が難しくて。この前初めてキットを作ったのですが、ステッチの名前を付けるところですごく迷ってしまったんです。自分の中ではこのステッチでと思っていたところが全然違ったり、他の人に刺しゅうしてもらうにはもっと分かりやすくしなければいけないということに気づかされました。ひとりで刺しゅうするだけならただ楽しいで完結していたものが、誰かのためとなると最初から分けて考えなければいけないので、いい経験になりました。
ーーオリジナリティのある作品だからこその苦労ですね。インスタの写真ではもっと大きいイメージだったのですが、想定していたよりも小さくて驚きました。
大きめの作品もありますが、インスタによく載せているパターン刺しゅうは3種類です。この大きさだと完成した作品をファイルで保管できるので、「春の野菜」「夏の野菜」など季節ごとに分けて仕舞っています(写真上から6枚目)。正確にはナッツは野菜ではないのですが、キノコなども含めありにしています。ミックスナッツは特に海外の人に人気ですね。
土台は撮影用にホームセンターで買ってきたものなのですが、この土台も立体感を出すのに役立っています。その時々の季節の野菜を並べて撮影したりしています(写真上から7枚目)。
ーー生地の種類も限定しているのでしょうか。
野菜の刺しゅうを始めたばかりのときは、白と茶色の2色だけを使っていました。ベースは白なんですが、白い野菜を刺しゅうするときは茶色にしていました。また、野菜の荒々しさを表現するために粗めの麻布を使うことが多かったです。野菜の種類が増えるにつれ布を変えた方がいいなと思うことも増えてきて色々と挑戦しているのですが、色のセンスがないんです(笑)。糸の色は実際の野菜と見比べて同じ色を選んでいたのですが、野菜の色をそのまま使うのでは表現しきれない部分もでてきて。自分で考えなければいけないのですが、なかなか思いつかないんですよね。
当初掲げていた「野菜を一通り刺しゅうする」という目標はひと段落したので、最近は見たものを正確に刺すだけではなく、自分の中で想像してデザインを膨らませていかなければと思っています。もっと野菜のことを勉強して、「見たままだけではない野菜の魅力を表現できるようになる」というのが次の目標です。見た目通りに野菜の刺しゅうをするのは簡単だし楽しいけれど、そこから広げていくのが大変ですね。
ーー今までとは違った視点になり、試行錯誤されているんですね。それ以外に今後やってみたいことなどはありますか。
作品も増えてきたので、展覧会を開いてみたいです。あとは、外国の人にも見てもらえるような本をいつか出したいですね。私自身は他の作家さんの本を見て楽しむために買っているので、作品集のような形で眺めているだけで楽しめるような本を出版したいです。
text :藤枝梢
photo : 中矢昌行
取材後記
幸池さんのことを知ったのはインスタグラムでした。一目見た時から、緻密な刺しゅうに心奪われ、実物を見てみたいと思うようになりました。検索してもHPなどは見つからず、どこにお住まいなのかもわからず、どのようにご連絡したらいいかとしばらく様子を見ていました。その間にもどんどん更新される野菜の刺しゅうは、写真からもみずみずしさが伝わってきて、実物を見たい気持ちは高まるばかり。意を決してご連絡するとご快諾いただき、念願の実物を間近に見ることができました。想像していたより小ぶりな作品だったのですが、小さいから簡単ということではありません。小さければそれだけ無駄のないステッチで進めないといけないし、立体感もある作品なので、小さなポイント目掛けて針を出し入れする難しさは容易に想像できます。試行錯誤を重ね、野菜だけに向き合ってきた技の数々には感服しました。
介護のお仕事をしながら刺しゅうも楽しみ、これだけのクオリティと作品数は本当に好きでないとできないと思うのですが、時間の使い方や刺しゅうだけでなく、日々の暮らしや、はじめてお会いした私たちにもとても優しい眼差しを向けてくださり、そういったところも作品から滲み出ているように感じました。
まだまだ挑戦してみたいことがあるとおっしゃっていたので、これからも目が離せませんね。お話をうかがいながら、『こんな素敵なチカラのある作品をわたしだけ見せてもらうなんて』っという気持ちがどんどん強くなっていきました。やはり、刺しゅうは実物が一番なので、いつか開かれる展覧会で多くの人に見てもらえる日が早く来たらいいなと心から思います。わたしもまた見たいです。
atsumi
Noriko Kouike
東京都在住。昭和女子大学でプロダクトデザインを学んだ後、祖母の影響から刺しゅうを始める。現在は介護の仕事のかたわら、野菜をモチーフにした刺しゅう作品をインスタグラムに投稿している。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。