Interview 028

Joshibi University of Art and Design

女子美術大学

手刺しゅうとミシン刺しゅうを学ぶことで、
可能性が広がる。

September 21, 2021

今回は、日本で唯一の刺しゅうの専門課程がある大学、女子美術大学の相模原キャンパスへ。そこには、のびのびと制作に打ち込む学生達と個性を活かす手助けをする先生の姿がありました。ミシン刺しゅうの授業を見せていただきながら、大﨑綾子先生と山下ちかこ先生にカリキュラムやミシン刺しゅうについてのお話を伺いました。


ーー刺しゅうコースは日本で唯一の専門課程なんですよね。

(大﨑先生)そうですね。刺しゅうコースは1900年の開校と同時に開設されたのですが、元は短大にあって、7年前の改正で大学の専門課程になりました。伝統的な日本刺しゅうをベースに、ミシン刺しゅうや海外の刺しゅうなどを学びます。テキスタイルコースの中では染を選ぶ学生が多くて、刺しゅうは少数精鋭です。年によって変化はありますが、今年は3年生が9名、4年生が5名です。

ーー古くから伝わる資料などがあれば、見せていただけますか。

(大﨑先生)明治時代からの長い歴史があるので、資料も豊富です。日本刺しゅうには様々な刺し方があって、大学ができた明治時代、職人が使う刺し方は15種ほどだったと言われています。それを元に、大正5年ごろに本校の松岡フユ先生が「刺しゅうにもっと興味を持ってもらいたい」と考えて作ったサンプラーのようなものが今も大学院に伝わっていて、私も大学院在学中に作りました(写真上から3枚目)。螺鈿(らでん)縫いや蛇腹(じゃばら)縫いなど120余種の技法が用いられているのですが、具体的な技法は教えずに、学生が見本を写真に撮って、拡大して見ながら、どんな糸を何本使って、どのように刺すかを自分で考えて制作します。修復の勉強にもなりますね。私も今、もう一度作りたいと考えているのですが、昔の絹糸は繊細で、今の蚕は長くて太く、丈夫な糸になるように品種改良されているので、同じようにはいかないかなと思っています。
絹糸は水がきれいな中国やブラジルの方がいい糸ができると言われていて、生産拠点がだいぶそちらに移っているのですが、交配からすべて日本で行う、純国産の絹糸も徐々に復活しています。高価ではありますが、使ってみたら刺しやすく、扱いやすかったので、本校でもオリジナルの絹糸を作りました(写真上から4枚目)。こちらも1kgあたり1万円以上と高価ですが、国産を残したいという使命感から使用しています。

同様に、日本刺しゅうの手打ち針(写真上から5枚目)を作る工房も、国内では広島に1軒を残すのみとなってしまいました。針穴を1本1本手作業で開けているので、糸が通しやすく、驚くほど使いやすいです。機械針に比べると高価ですが、消費していかないと回っていかないので、2年生から使っています。大学は研究機関でもあるので、使ったり、使った作品を披露して存在を広めたりして、お手伝いできたらと思っています。

ーーデザイン・工芸学科の工芸専攻のカリキュラムについて教えてください。

(大﨑先生)デザイン・工芸学科の工芸専攻では、1年生で染、織、刺しゅう、陶、ガラスの5つの分野をすべて学びます。刺しゅうの授業は絹糸を自分で縒って色々な太さにするところから始めて、日本刺しゅうの基礎のステッチを学ぶので、その後に扱う様々な素材に応用できるようになります。並行してフリーモーションのミシン刺しゅう(専用の押えを使い、生地を自由に動かして縫うミシン刺しゅう)も学び、それぞれの技法を用いて、自分の絵でグリーティングカード作品を作ります。やはり向き不向きがあるので、とてもおもしろがって作業する学生と大変そうな学生がいて、そこで2年生で何を選択するかがだいたい決まってきますね。
2年生でテキスタイルコース(染、織、刺しゅう)と陶・ガラスコースに分かれます。1年生で習ったことを深めていくのですが、テキスタイルコースの刺しゅうの授業は「何でも刺しゅうのソースになる」ということを体感してもらうために色彩構成(形やバランスを見ながら色彩を組み合わせ、ひとつの画面に仕上げること)を行い、刺しゅうと一緒に使われることが多い箔置き(金属をたたいて薄く伸ばした箔で装飾する方法のひとつ)や欧風刺しゅうを学び、パネル作品を制作します。後期は成人式に着る振袖に合わせた半衿をデザインして制作します。3年生はそれをさらに深めて、名古屋帯と訪問着を作るのですが、着物は一反を草木染めするところから始めて、仮絵羽(かりえば)(仮縫い)を行って構造を学んでから、身頃や袖部分、繍紋(装飾を目的とした紋)の刺しゅうを行います。他には、デザインをデータ化し、ミシン刺しゅうで表紙を作成して製本実習をしたり、パソコン上で画像を刺しゅうデータに変換するソフトを用いて、ミシンによる刺しゅうで実習を行ったりします。ミシン刺しゅうの授業はパソコンに強くないと苦戦しますが、手刺しゅうとは異なるステッチの質感を理解しながら、水溶性の生地や熱で溶ける繊維などの異素材にも触れて、実験的な作品づくりをしていきます。4年生は卒業制作が中心になります。

ーー実際に作品を見ながら、卒業制作や卒業後の進路について教えていただけますか。

(大﨑先生)これはいちごが大好きな学生の作品で、いちごの花にミツバチが来て受粉して、実って、収穫して、タルトを焼いて……とその“いちご愛”を刺しゅうで表現しています(写真上から7、8枚目)。下絵を描いて、それに合わせて染めた生地と糸を使うのですが、ステッチの色と大きさで立体感を出しているほか、ゴールドワーク(金や銀のメタル糸を使った刺しゅう)などの欧風刺しゅうの技法やミシン刺しゅうを用いたり、ビーズを使ったりと、それまでに習った中から使える表現を自分で考えて、制作に取り入れます。
講義では染織品の歴史や工芸史などを学ぶのですが、キャンパス内にある「女子美アートミュージアム」で所蔵している江戸時代や桃山時代の装束、エジプトのコプトやアンデスなど世界の染織品など、本物を見ながら授業を行うこともあります。

卒業後は、刺しゅう作家やテキスタイルデザイナー、繊維会社の企画などのほか、文化財の保存修復を手がける工房に入って染織品の修復を行う業務に就く人もいます。卒業すればひと通りのことは身についているはずなので、即戦力になると思います。協調性があって、長く働き続ける人が多いようです。

ーーミシン刺しゅうの授業では、どんなことを行っているのですか。

(山下先生)こちらは、先ほど大﨑先生からご説明いただいたたミシン刺しゅうで表紙を作成し、製本実習をした作品です。「わたし」というテーマでそれぞれがデザインを考えて、試し縫いをしてから本番の制作を行いました(写真上から9枚目)。刺しゅうデータの構成、手刺しゅうとの違いやミシン刺しゅうだからできることを学び、製本して形にする楽しさも経験できたのではないかと思います。写真の作品のテーマは、祖父母の家に向かう時に見ていた富士山をモチーフにしたもの。他にも、長く続けたバンドで担当したドラムや大好物のオムライス、フレンチブル、珍奇植物、headache(頭痛)、ドラゴンフルーツ、ティータイムなど、色もモチーフもバラエティ豊かでおもしろいですよね。
今日は次の課題で、「セルフポートレイト」をテーマにした作品に取り組んでいます。自分の写真をパソコンに取り込んで、画像編集ソフトで加工し、「刺しゅうPRO11(ブラザー)」(オリジナルの刺しゅうデータを作れるパソコン用ソフトウェア)で刺しゅうデータに変換します。そのデータからステッチしたい部分を抽出したり、編集をして、ミシンで縫っているところです。家庭用刺しゅうミシンは2004年頃から使っています。業務用の刺しゅうミシン(写真上から10枚目)は、縫いの研究や、厚地の素材や大きなサイズの作品にも安定した縫いができればと、2018年に導入しました。

3年生になって課題に取りかかる前には、刺しゅうミシンに慣れ、納得する刺しゅうデータになるまで何度も試し縫いをします。失敗もしながら、糸の運びが見えるようになり、素材を知って、新しい刺し方やそれぞれの色を見つけていきます。1、2年生で手刺しゅうやフリーモーションを学んで、角度や密度の違いでの表現がわかっていることや、イラストレーターやフォトショップを必修で学び、在学中はフリーで使用できるので、深い学びになっていると思います。私は刺しゅうミシンを使い始めて20年ほどですが、学生たちは若いからか、手刺しゅうはこう、ミシン刺しゅうはこう、という概念がなくて、「こんな使い方しちゃうの?」と驚かされることもありますね。あと手刺しゅうをやっていることで、「あれやってみたい」「こうしてみたい」という要望のレベルが高いなと感じます。やりたいことがあれば、どんなことでも、まずは「やってみよう」と伝えて、ミシンの耐久性や刺しゅう枠に入りきらないデザインのよりよい分割、デザインをどう表現したいのか、ミシン刺しゅうでの素材の扱い方などもあるので、相談しながら試してもらっています。

ーーミシン刺しゅうならではの魅力はどんなところですか。

(大﨑先生)生産性が高いところですね。たくさん作ったり、大きな作品に使ったりすることを考えると、生産性の高さは魅力です。私は背景を作る時に使うことが多くて、例えば背景の生地に質感を与えたい時、溶ける生地に作ったデータを刺しゅうして貼りつけてオリジナルの生地を作ったり。オリジナリティをプラスする時に重宝していますね。

(山下先生)大﨑先生もおっしゃったように、色々な素材を組み合わせて新しい素材を作れたり、糸調子を変えることで想定外の表現ができるのも魅力ですね。ミシン刺しゅうは量産できるので簡単な作業だと思われがちですが、デザインやサイズ、使用素材などにもよります。刺しゅうソフトによってステッチの質感も異なり、多様性があるので、失敗を重ねながら色々試すことで、興味深い表現が生み出せると考えています。

text:増田綾子 photo:中矢昌行


取材後記

刺しゅうのことを広く学べる大学があると知ったのはここ数年のことです。
大学受験をした頃は、自分が刺しゅうの道に進むなんて考えていなかったので、もし知っていたら行ってみたかったなぁっと思っていました。

お話を聞かせていただく前から、とても丁寧なメールをいただき、当日も取材のために、これまでの学生さんの作品などなどたくさんの資料を用意してくださいました。
全体のカリキュラム、刺しゅう専攻に進んでから、大学院のことも含め、とても充実した内容に羨ましさが増すばかり。課題も多いのですが、カリキュラムは刺しゅうの技術を習得するだけでなく、考え方や用途に合わせた刺しゅうの使い分けなど、どれも丁寧に考えられていて、実技だけでなく講義でもお着物のことや世界各地のテキスタイルについて学べるところもさすがだなぁっと感心してしまいました。

先生とお話しする中で、学生さんとのやりとりのお話が多くでてきたこと、学生さんにお話をうかがっても、『先生と相談して』とおっしゃる方が多かったのも印象的で、とてもいい関係で学生時代、卒業してからもおつきあいが続いているのも羨ましかったところです。

見せていただいたミシン刺しゅうの授業では、通常の使い方以外にも刺しゅうやミシン、素材の特性をよく観察し、失敗から見つかる新しい可能性を伸ばしたいという姿勢もとても素晴らしいなと伺いながらわくわくしました。

念願叶ってお話が聞ける機会をいただき、改めて学生さんが羨ましくなりました。

atsumi


Information

女子美術大学 相模原キャンパス

神奈川県相模原市南区麻溝台1900
042-778-6111(代表)