Interview052

Wakako Horai

Wakako Horai

落ち着いた色合いと効果的な配置の刺しゅうで、
着ている人を引き立たせる。

February 20, 2024

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。大学で染織を学んだ後、Rairaiの屋号でヴィンテージ生地を使った洋服づくりを始めた蓬莱和歌子さん。洋服に刺しゅうを取り入れることになったきっかけや、ノスタルジックな作風になった経緯についてお話を伺いました。


ーー蓬莱さんが今の活動を始めるまでの経緯を教えてください。

小さい頃から絵が好きだったので美術科のある高校に進学し、京都市立芸術大学では染織を専攻しました。主に型染め、ろうけつ染め、織りの3つに分かれて学ぶ中で、私は型染めをやっていました。自由に絵を描くような感覚で模様を描くろうけつ染めと違い、型染めは切り抜いた渋紙に糊を置いて染めていくので、カッターで切り抜いたラインしか表現できないのが特徴です。着物や浴衣にも使われている技法で、繰り返し型を置くことで柄を展開していくためパターンをつくる勉強になりました。

大学を卒業後はデジタルプリントの会社や生活雑貨のメーカーで会社勤めをしていましたが、結婚を機に退職し、自分でできる仕事をしたいと思い趣味でやっていた洋服づくりを始めました。

ーー活動を始めた当初はどのような洋服を作っていたのでしょうか。

無地のリネン生地を使ってナチュラルテイストのシンプルな洋服を作っていたのですが、あまり自分らしさが感じられないと思っていて。北野天満宮や東寺などの蚤の市が大学生の頃から好きで、そこで買い集めていた古い生地や、アメリカやヨーロッパのヴィンテージ生地を扱うお店で購入した生地を組み合わせて洋服を作るようになりました。この時期からRairaiという屋号で活動するようになり、展示会での作品販売もスタートしました。気に入って買った生地なので、生地の柄を活かすことを軸にして洋服を作っていました。自分で着たい洋服というよりは、私の中の理想の女の子像があって、そういった女性が似合いそうな洋服をイメージして作っていました。制作作業と割り切っていたからこそ生地にハサミを入れる勇気が出たし、自分で着るのはちょっと勿体なく感じてしまいますね。

ーー洋服づくりから刺しゅうを始めるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

2、3年ほど活動を続けているうちに、またオリジナリティに欠けていると悩むようになり、他の人には作れない私だけが作れる服が作りたいという思いが強くなっていました。ちょうどその頃に大阪にある星ヶ丘洋裁学校に通っており、併設されているギャラリーの展示を見に行ったんです。何十年も刺しゅうをしている近所のおばあちゃんの作品が展示されていて、とても素敵だったのでその方のワークショップに参加しました。そこで小学生の頃ぶりに刺しゅうをしてみて「オリジナリティを出すにはこれだ!」と思ったんです。大学のときに染織を学んでいたので布に模様を自分で作りたいという思いはずっとあったのですが、染織は場所や設備が必要だから大変で。刺しゅうは気軽に始められるし、他の人との違いも出せると思い、洋服づくりに取り入れるようになりました。

この頃からインスタグラムに作品の写真をあげていたのですが、それを見たある会社の方から「刺しゅうキットを出しませんか」と声をかけてもらったのが、刺しゅうでいただいた初めてのお仕事でした。それまで洋服メインだったところから、付け襟(写真上から1枚目)や小物(写真上から2枚目)などの刺しゅうメインの制作に変わっていき、キット監修やイベント出展、教えるお仕事などもするようになりました。洋服の延長線上に刺しゅうがあったのですが、今はほぼ刺しゅうの活動しかしておらず、刺しゅう本を数冊出したぐらいのタイミングで刺しゅう作家と名乗るようになりました。

ーーどのような経緯で本を出版することになったのですか。

キットを販売していた会社の方から文化出版局の編集さんに私を紹介してもらい、2016年に1冊目の本を出しました。刺しゅうを始めて3年ぐらいのタイミングだったと思います。洋服づくりからスタートしたこともあり、刺しゅうだけでなく縫製や仕立てにも凝った作品を多く載せました。印象に残っている作品が多いのも1冊目の『装う刺繍 身につける刺繍』です。最初の3冊はほぼ1年に1冊のペースで本を作りました。1作品出来上がるまでにかなり時間を要するので撮影当日まで作品が完成せず、東京に向かう新幹線や撮影現場でも直前まで刺しゅうしていたこともありとても大変だったのですが(笑)、プロのスタッフの方々と一緒に1冊の本を作り上げることはとてもやりがいがあり、素晴らしい経験になりました(写真上から3枚目)。

ーー刺しゅうする際に、よく花をモチーフとして選ぶのはなぜでしょうか。

古い生地を使った洋服づくりを始めた頃から、自分自身が古着好きだったこともあり、懐かしさやノスタルジックな雰囲気を出せる洋服を目指していました。そのイメージに合っているのは花柄だと思ったし、かわいい生地を探していて自然と目につくのも花柄が多かったです(写真上から4枚目)。刺しゅうを始めてからもかわいい柄を自分で作りたかったので、おのずと花がモチーフになっていました。私が昔から花が好きなのもありますし、モチーフとして洋服に取り入れやすいのも理由のひとつです。蚤の市などで私が何十年も前の生地に出会って感動するように、100年後とかに私の作品を見た人が「昔の人はこういう刺しゅうをしていたんだ」と、何かしら感じてくれたら嬉しいなと思っていて。それを踏まえると現代的なモチーフよりは、これからもずっとあるモチーフがいいと思ったというのもありますね。

散歩しているときに見かけた植木鉢や出かけた先の植物園など、日常で目にする生花から制作のヒントをもらっています。お花屋さんも好きなので、ブーケの写真とかもよく眺めていますね。

ーー蓬莱さんの刺しゅうは色使いが特徴的ですが、何か意識されていることはありますか。

私が刺しゅうを始めた当時は、刺しゅうと言えばはっきりとした色使いが主流だったのですが、洋服に取り入れるにはちょっとイメージに合わないように感じてしまって。刺しゅうだけを単体として目立たせる分にはいいかもしれませんが、私は刺しゅうが洋服の一部として着ている人を引き立たせる色合いになるよう心がけています。初期ははっきりめの色の糸も選んでいたこともありましたが、どんどん彩度が落ちて今のような作風になりました。あくまで身につける人が主役であってほしいため、あまり作家性を主張したくはないのですが、なんとなくRairaiの雰囲気だなと伝わると嬉しいですね。ヴィンテージなどの昔のものとも調和しつつ、さりげなく個性を出したいと思っています。

ーー制作の手順を教えてください。

図案を考えてから展開するアイテムを決めるパターンも、アイテムを先に決めてから図案を考えるパターンもどちらもあります。私の場合は、室内に飾るパネルのように全面に刺しゅうする作品はあまりないので、そのアイテムの中でどう効果的に刺しゅうを配置するかというのを大事にしています。アンティークな雰囲気が好きなので、昔の海外の本などを眺めながらアイテムや形のイメージを膨らませることもあります(写真上から5枚目)。

ーーご自身で縫製もしているからこそ、様々な形の小物を生み出せるのですね。蓬莱さんにとって、思い出に残っている刺しゅうはありますか。

昔母親のタンスから掘り出してきたニットです(写真上から6枚目)。大学のときに古着にはまっていて母親世代の人が若い頃に着ていた洋服が好きだったのですが、ということは母のタンスにもお宝が眠っているんじゃないかと気がついて(笑)。その中でも、刺しゅうが柄のように配置されているこのニットがお気に入りでした。もりもりとした立体的な感じが昭和感もありつつ、私にはできない色合わせが新鮮でかわいいなと思っています。

自分自身はあまり刺しゅうが入った洋服を着ていなかったし、染織を勉強していたので布に柄を入れると言ったらプリントがメインだと思っていました。でも、このニットを見て刺しゅうで柄を作ることができるんだと気づかされましたし、手作業が加わることで大量生産されたものにはない洋服の魅力を実感した原点でもあります。

ーー最後に、蓬莱さんが今後やってみたいことを教えてください。

今やろうとしているのは教室です。昨年引っ越しをしコツコツとDIYしてきたのですが、自宅の一室を使って刺しゅう教室を開きたいと考えています。ただ単に刺しゅうの技法を教えるだけだったら私よりもっと上手な熟練の人がいますし、これまであまり教えるということに注力して活動してこなかったのですが、今までたくさん刺してきた私の経験から何か伝えられることがあればいいなと思っています。

あとは、長いこと本格的な洋服づくりからは離れていたのですが、また久しぶりに作りたい気持ちもあります。まだ刺しゅうを始める前に作った洋服を購入されたお客さんが、その服を着てワークショップに参加してくれたことがあって、とても嬉しかったですね。一方で、身につけるアイテム以外のものにも活動の幅を広げていきたいです。Rairaiとしては装うものにこだわって制作してきましたが、そこにこだわりすぎて作るものを制限してしまう必要はないのではと最近思ってきました。この家に引っ越してきてから部屋に飾れる作品が少ないと気づき、部屋に飾るものなど普段の生活に寄り添うようなものや、単純に持っていて嬉しいと心がときめくようなものを作っていきたいですね。

text :藤枝梢
photo : 石川奈都子

取材後記

蓬莱さんのことを知ったのは、はじめて出された書籍がきっかけだったと思います。とても洗練されていて、色使いも綺麗だし、美しい線を描く方だなぁっというのと、その作品とお名前の漢字がとてもぴったり(勝手な想像ですが)で名前を覚えるのが苦手なわたしもすぐに覚えることができました。それから本屋さんに行く度に、新しい本が並んでいて、どの本も、唯一無二の素敵なものばかりだなっと見せていただいていました。

刺しゅうというと、お花のモチーフが人気ですし、定番のように思われる方が多いと思います。それくらい、これまでも多くの方が刺してきたお花をこんなに新鮮に、新しいのにどこか懐かしさもある刺しゅうに仕上げられる方はどんな方なんだろうと興味が湧きました。今回、お話を伺って、わたしの感じていた、図案やラインの美しさ、仕立てるものとの相性というか相乗効果のようなもののルーツがわかったような気がします。

ひとつは、学生の頃に学ばれた『染織』と、刺しゅう作家と名乗る前の活動でもある『洋服作り』とそれにまつわる素材やモチーフへの眼差しのようなものが、大きく影響しているのだと思います。撮影の終わりがけに見せてくださった古い本と蓬莱さんの作られた巾着が並んだ時に、ものすごくストンっと腑に落ちる感覚がありました。

とてもゆっくりと丁寧に言葉を選んで話される蓬莱さんですが、そんなところからも、あらゆるものに対して丁寧に接してらっしゃるのがよくわかります。それが作品にも滲み出ていて、改めて、素敵な方が生み出すものは、やはり美しいんだなぁっと感心すると共に、わたしもそうありたいと背筋が伸びる取材でした。

atsumi

Wakako Horai

兵庫県出身、京都府京都市在住。大学では染織を専攻し、趣味で洋服づくりを行なう。Rairaiとして活動を始めた後、手刺しゅうを施した洋服を手がけるようになり、現在は刺しゅうの小物をメインに制作。『装う刺繍 身につける刺繍』(文化出版局)など著書多数。