Interview 036
Nana Watanabe
緻密な機械刺しゅうで表現する、
異国情緒漂うアクセサリー。
July 20, 2022
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。アパレルでのデザイナーを経て、ARROの屋号で刺しゅうアクセサリーを作ることになった渡辺奈菜さん。見る人の目を惹きつけるアクセサリーがどのように生み出されているのか、お話を伺いました。
ーー渡辺さんが刺しゅうでアクセサリーを作るようになった経緯を教えてください。
専門学校でデザインの勉強をしていて、卒業してすぐはコレクションブランドでテキスタイルやアクセサリーのデザインを、その後はアパレルで洋服のデザインをしていました。昔から洋服が好きで、「デザイナーになりたい」という気持ちで頑張ってきたけれど、洋服はサイクルが速く、余ったものを全部捨てるというやり方に段々と限界を感じるようになってきて。ガツガツとした世界で他人と比べることも多かったので、作っていてもあまり面白くなく、自分には合わないと感じるようになったんです。
とはいえ、やっぱりファッションが好きなので、布とか糸を使って表現することは続けていきたいと考えていました。アパレル時代にも刺しゅうで生地やアクセサリーを作っていたこともあり、「一番しっくりくるのはこれだな」と思いアクセサリーを作るようになりました。人と一緒に何かをやるということが苦手だったから、1人で完結できるのも気軽でいいですね。
ーー刺しゅう自体は昔からやっていたのでしょうか。
母がパッチワークをしたり、洋服やバッグを作ったりしていて、その影響か私も子供のころから刺しゅうや編み物をやっていました。絵を描くのも好きだけれど、上手くないから表現としての面白さがあまりなくて(笑)。絵が下手でも、刺しゅうにするとそれだけで趣深いものになる点も、刺しゅうの好きなところです。
ーー渡辺さんの中で、思い出に残っている刺しゅうはありますか。
10年ぐらい前に、友達の浴衣に手刺しゅうしたものです(写真上から2枚目)。今振り返ると、これが刺しゅうを本格的にやろうと思ったきっかけかもしれません。アパレルを辞めるか迷っていた時期で、自分で作ったものを発表したく、友達と一緒に浴衣や洋服をリメイクして売っていたんです。そのリメイクした商品を置いてくれていたお店のオーナーのキャラがとても個性的で、「こんな浴衣を着せてみたい」と思って刺しゅうしました。
ーー今作っているアクセサリーと形は違いますが、この頃から独特の雰囲気がありますね。ARROの商品はどのようなイメージで作っているのでしょうか。
“架空の国”というのをテーマにしています。何とか族の刺しゅうのアクセサリーといった民芸品のようなものをイメージしているので、おのずと自然のものをモチーフにすることが多いです。モチーフの参考として、エルンスト・ヘッケルの『生物の驚異的な形』のような図鑑(写真上から3枚目)や、植物を見たりします。ですが、見たものをそのまま作るということはないので、インスピレーションを受けるという感じですね。あまり変な影響を受けたくないので、できるだけ余計なものは見ないようにしています。
ーーARROというブランドの名前には、どのような意味があるのでしょうか。
弓矢や矢印を意味する“arrow”からとりました。刺しゅうは昔からあるもので、少数民族の人たちもやるものだし、民族っぽい名前にしたかったんです。弓矢はプリミティブな武器で民族感もありますし、武器だけでなく矢印のように方向を示す意味もarrowにはあるので、「道しるべとして、注目を集める存在になりたい」という願いも込めています。arrowそのままだとまとまりが悪かったのと、ロゴのデザインをこうしたいというのがあったのでwをとってARROにしました。
ーーロゴのデザインも渡辺さんがやっているんですね!
ロゴだけでなく、カタログ(写真上から4枚目)やノベルティ(写真上から5枚目)の制作なども自分で行なっています。作品として愛でるようなアクセサリーではなく、実際に付けたらどう見えるかというのを重要視しているので、カタログは初期のころから力を入れて作っています。ですが、カタログなどを作るときとアクセサリーを作るときは使う脳が違っていて、前者は遊びの感覚で、後者は頭をフル回転させる必要がありますね。
ーーアクセサリーの制作はどのような手順で行なっているのでしょうか。
パーツ自体は、工場に依頼して大型の刺しゅう機で作っているのですが、まずは私が紙でモデルを作り、データもひとつずつ作成したうえで指示を出すようにしています。できあがったパーツはフラットな状態で納品され(写真上から6枚目)、組み立てや最後の仕上げは自分でやっています。耐久性のあるものを作りたいので、強度を出すために密度などは細かく計算していて、真ん中の部分はスカスカに見えても周りはカッチリなるように調整しています。
立体を作るのが自分の特技なので、それを活かした方が他にはないアクセサリーができると思っていて、ボリュームのあるものが多いですね。私がずっと髪の毛が短いので大きいピアスでバランスを取っていたのですが、まさかここまで大きいものを作るようになるとは思っていませんでした(写真上から7枚目)。初期のころから指輪も大ぶりのものを作りたかったのですが、手を洗うときなどに一回一回外すのは不親切だなと思い、いまいち踏み切れなくて。ですが最近は、マスクを付けているから耳周りに大きなアクセサリーを付けづらいという声も多く、このタイミングならということで作ってみました(写真上から8枚目)。
ーー現在の工場にお願いすることになった経緯について教えてください。
手刺しゅうでアクセサリーを作るのは、時間がかかるわりに綺麗に作るのが大変で、私の場合、手を動かすことに全力になってしまいそうと思ったんです。形を表現することにより集中したかったので、作るのはお願いした方がいいという結論になりました。今依頼している工場は、アパレルで働いていたときに行っていた展示会で見つけたところです。コロナ禍になる前は、実際に工場に足を運んで相談したりもしていました。丈夫にする方法や立体感を出す方法など、機械刺しゅうに関することで私でもよく分からないことはまだまだあるので、工場の方と密にコミュニケーションを取りながら進めています。デザインしたものを何でも再現してくれるので、できないものはないという感じですね。
ーー今後、何か作ってみたいものはありますか。
大きめの刺しゅうでバッグを作ったらかわいいなとずっと思っていて、いつか挑戦してみたいです。サイズも大きいので高くなってしまいそうで、なかなか勇気がでないのですが……。完璧に洋服の世界に戻ることはないけれど、これまでの経験もあるので洋服と絡めながら何か作る可能性は今後もあるかもしれないですね。
「アクセサリーは作品じゃない」と思っていたこともあり、始めた当初は鳥や植物など明確なモチーフのものが多かったのですが、やっていくうちに意外と分かってくれる人も多いんだということに気が付いて、最近では抽象的なものも増えてきました。アーティスト寄りだけれどファッションもかじっているという点で、いいバランス感でやれていて、これからも自分の作りたいものを作っていければと思います。
text:藤枝梢
photo:中矢昌行
取材後記
ARROさんの商品をはじめて目にしたとき、『刺しゅうが生きているみたい』っと思いました。これまでにも色々な刺しゅうのアクセサリーを目にしましたが、立体的で刺しゅうがこの先も成長するかのような錯覚を覚えたのは初めての体験。お話を伺いながら、無意識にこの感覚はなんだったか答え合わせをしている自分がいました。
その中で感じた大切なキーワードは、やはり生き物。
植物や動物など実在架空問わず、美しいと感じたものを丁寧に刺しゅうに落とし込んでいくことで生まれる生命力のようなものがARROさんの商品にはあるのだと思います。
また、商品だけでなく、カタログやノベルティなどブランド全体に関わっていくものの制作物とのバランスの良さや、これまでの経験から生まれる商品への向き合い方が唯一無二のものになっているのだなぁっと感じました。刺しゅうの特性をよく理解し、アクセサリーという身につける方の気分を上げたり寄り添ったりする役割と機能。ミシン刺しゅうの安定性や再現性と、最後に組み立てる絶妙なバランス感覚がとても素晴らしいのです。
『刺しゅうしていてうまくいかなくて困ったことなどありますか?』という問いに対しての答えが、『できないことはなにもない。むしろやりたいことが次々にあふれてくる』というお答えは、とっても清々しくて、ますますこれからのARROさんから目が離せないなっと楽しみになりました。
atsumi
Nana Watanabe
専門学校卒業後、アパレルブランドにてテキスタイルや洋服、アクセサリーのデザインを担当。その後独立し、2017年にARROを立ち上げる。架空の国をテーマに、機械刺しゅうで立体感のあるアクセサリーを制作する。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。