Interview042
Laura Ameba
アート、クラフト、ビジネス。
それぞれを行き来することで発見した刺しゅうの醍醐味。
March 20, 2023
刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。生まれ故郷であるチリや学生時代を過ごしたスペイン、そして幼い頃から好きだったという日本の3カ国を拠点に活動するラウラ・アメバさん。パンチニードルのワークショップを開催していた西荻窪のENNESTEにお邪魔し、その多彩なバックグラウンドについてお話を伺いました。
ーー刺しゅうを仕事にするようになった経緯について教えてください。
チリで生まれ育ち、最初はファッションデザインの方面に進みたくバルセロナの学校に通っていました。ただ、勉強するうちにファッション業界ではやっていけないと思うようになり、大学を中退して1年ぐらい引きこもっていたんです。将来仕事が見つからないかもしれないし、どうしようと悩んで落ち込んでいたときに、私が「魔法の針」と呼んでいるパンチニードルにチリで偶然出会って(写真上から2枚目)。バルセロナの学校でも刺しゅうを学ぶ機会があり、当時から刺しゅうのパワフルさに興味を持っていたため、思い切って刺しゅうの道を目指すことにしました。まずは魔法の針を使ったワークショップなどを開いて、資金が貯まってからパリの刺しゅう学校であるエコール・ルサージュに入学しました。
ルサージュを卒業後はバルセロナに戻って、以前通っていた学校の先生のもとでファッションデザインのアシスタントとして働き始めました。ファッションショーの裏方としてモデルのキャスティングなどを行なっていたので、ファッション業界の経験や知識はこの頃にひと通り身に付けました。ですが、やはりファッションの世界は私にはヘビーすぎて、もっとリラックスしたクラフトの世界に行きたいと思い、ファッションの仕事は辞めて刺しゅうに専念することにしました。
ーーチリやバルセロナなどを拠点にされていますが、日本ではいつ頃から活動しているのでしょうか。
東日本大震災が起こった2011年に日本に初めて来て、今回で約20回目になります。子供のときからチリで日本の情報に触れていて、特にアニメが好きだったのもあり日本に親近感を持っていました。友達のところに遊びに来たのが初来日のきっかけだったのですが、たまたま私の作品を見た人が展示の機会をくれたんです。当時は、前の旦那さんがアーティストとして活動する様子を間近に見ていて、「自分はアーティストではない」「私には荷が重い」と感じていたけれど、「あなたの刺しゅうが好き」と言ってくれる人と出会えたこともあり、日本だからこそアーティストとして個展をやろうと決心できました。今振り返ってみれば、大学を辞めた直後の鬱だった期間の心境も、作品づくりにも影響を与えていたと思います。マイナスな部分も含め、あの頃の様々な心の動きが今でもクリエーションの大きな源になっています。
ーー3つの国を周っていて、それぞれの違いは感じますか。
刺しゅうは古くからあるものなので、各国の歴史や文化を知ることができるのは面白いのですが、チリを含め南米では、刺しゅうのようなクラフトはあまり大事にされていないんです。チリで刺しゅうをしていると笑われるぐらい、ものづくりへのリスペクトがなくて。首都のサンティアゴはみんな忙しく時間の流れが速いので、ものごとに感謝する暇もないんだと思います。スペインではクラフトとファッションは共存できているけれど、アートとはみなさていません。一方で、日本は手で作られたものに情熱を感じたり、職人への敬意があったり、クラフトというものが高く評価されています。東京はサンティアゴによく似ていますが、花を愛でたりする文化が日本には根付いているので、その点が他の国とは違った日本の長所だと思います。日本でアーティストという称号をもらえたことが、私の人生を大きく変えました。
ーー刺しゅう作品をつくるときに、何か心がけていることはありますか。
チリには「アルピジェラ」という伝統的な刺しゅうがあるのですが、これは軍事独裁政権の苦しみや悲しみを伝えている政治的なものになります。辛い現実から逃れるために女性たちが作っていたもので、チリの歴史を残すための大切なものではあるけれど、過去が色濃く反映されているからどうしても暗くなってしまって。私はそうではなく、悲痛な記憶から離れるためにも、喜びや楽しさといったポジティブな感情を刺しゅうで表現していければと考えています。
自分の作品ではパステルカラーを使うことが多いのですが、これもチリの懐かしい記憶からきています。チリには壁がカラフルに塗られた建物がたくさんあり、日焼けして色落ちすると柔らかい色合いになるんです。実際には塗り直すお金がないからそのまま放置されているだけなんだけれど(笑)、私はその風合いに時の流れを感じて、古さの中に宿る魅力に惹かれパステルカラーを選んでいます。それ以外にも80年代の日本の音楽だったり、ジャン=リュック・ゴダールの映画といった昔懐かしいものが好きで、ノスタルジックなものに触れつつ、そこから新しいものを創造していきたいと思っています。
ーー実際に刺しゅうしている様子を見せてもらえますでしょうか。
魔法の針はペンみたいに描くように刺しゅうできるので、普段は下書きしないで刺していきます(写真上から3枚目)。パンチニードルは裏面から刺していくのですが、表裏どちらも使うことができるので、質感の違いを出したいときはあえて反対の面から刺したりもします(写真上から4枚目)。バルセロナの学校では伝統的な刺しゅうを2年間学んできたので、いわゆる一般的な刺しゅうもできるのですが、初心者にも刺しゅうをもっと簡単に楽しんでもらいたく、パンチニードルでも色々と挑戦してきました。ベルベットのようにもこもこした質感にしてみたり、糸の長さを調整してみたり(写真上から5枚目)、最近はビーズやスパンコールを組み合わせたりもしています(写真上から6枚目)。
刺しゅう糸はENNESTEのものをよく使っています。ちょうどいい太さなので、糸を途中で切って2本取りとかにする必要がないのが便利なんです。綿のものはすべて草木染めで、色味も気に入っています(写真上から7枚目)。
ーーラウラさんにとって刺しゅうとはどのような存在ですか。
主に3つのパートに分かれています。ひとつ目はアーティストとして、作品を作るための刺しゅうです。自分自身の内面を顕著に反映するので、最もパーソナルな領域になります。ふたつ目は、ワークショップで行う刺しゅうで、クラフトの領域になります。参加者が好きなものを表現する手助けをしたり、そこから親密な友情関係を築いたり、刺しゅうの楽しさを人と共有するための活動です。最後は、ファッションデザイナーのサポートや企業のコンセプトに合った刺しゅう作りなど、商業的な役割となります。刺しゅうの新しいテクニックや、素材の組み合わせ方にも精通しているので、今までの経験を活かして様々な企業のお手伝いをしています。
世間では、アートとしての刺しゅう、クラフトとしての刺しゅう、ファッションデザインとしての刺しゅうは全く違っていて、価格帯にも差があるのですが、私はその間を行ったり来たりしている感じです。
ーー今後、刺しゅうで挑戦してみたいことはありますか。
古い技術を学んで、新しいものとミックスしたものづくりをしていきたいです。今までも刺しゅうと陶芸を組み合わせたりしたことはあるのですが、今はチュール刺しゅうで新しいやり方を試しています。スペインでは、白いチュール生地に白い糸で刺しゅうをしていくのですが、私はピンクや水色などの色を足したものを提案しています。スペイン人には「伝統的じゃないね」と言われてしまうのですが、他の人と同じことをやっていても面白くないので、どんどん違うことにチャレンジしていきたいです。
ーー刺しゅう以外にもやってみたいことがあれば教えてください。
あとは、日本のファッション業界のシステムをチリにも導入したいと考えています。日本ではオーダーを受けてから生産したり、管理方法も体系化されていて、高品質な洋服が多い印象です。日本人はパターンや、ディテールなどにもよく注目している人が多いので、そういったチリにはない新しい価値観を伝えていきたいです。
コロナ禍で世界を巡ってワークショップを開催するのが難しくなったということもあり、今はサンティアゴのファッションスクールで講師もやっているんです。この学校は、ファッションデザイナーとしてブランドを立ち上げるというよりも、アパレル企業で働くような人材を育てるのが目的なんですが、残念なことにチリもヨーロッパの国々と同じくファストファッションが主流で。戦略的に売るということももちろん大事だけれど、服を作る作業は機械だけでは完結せず、裏には絶対人の手が入っています。人が手をかけて作っているという意識を売る側も持つべきだし、実際に作業している人に対する感謝を忘れないでほしいと願っています。心を落ち着けてものづくりをするには時間がかかるし、そこに価値があるということに私は刺しゅうのおかげで気が付くことができたので、チリでの私のミッションはこういう考えを広めていくことだと思っています。
ーーワークショップだけでなく、ワーキングスペースとしてラウラさんも使用しているというENNESTE。このお店について、代表の泉菜穂さんにお話を伺いました。
糸を染めるための染色ラボを併設したカフェになり、オリジナル製品やセレクトしたアイテムの販売も行なっています。ラウラさんも使っている刺しゅう糸はすべてここのラボで染めていて、綿は草木染めなのですが、化学染料で染めている毛糸も扱っています。カフェは、ラウラさんのように作業するスペースがない作家さんや、ビジネスマンなどが仕事をする場として活用してもらえればと思いオープンしました。
私自身も以前は手芸に対して少し暗いイメージを持っていたんですが、外国のカルチャーを見たときにポップで面白いなと感じて。お店はガラス張りなので通りがかった人も気軽に覗くことができるし、手芸を近寄りがたいと思っている人にも、手芸の楽しさを伝えていきたいです(写真上から8枚目)。
text :藤枝梢
photo : 中矢昌行
取材後記
ラウラに初めて出会ったのは5年以上前だと思います。日本と刺しゅうが大好きで、わたしのことも知ってくれていて、会いたいと連絡をくれました。初めて会った彼女は、おひさまみたいな笑顔と包容力で人見知りのわたしを包み込んでくれました。片言の英語と日本語で話すうちに、あっという間に彼女のことが好きになりました。その後、彼女の展示や日々の暮らし、作品づくりや、そのソースと思われる日常を見ながらたくさんの刺激をもらいました。今回、久しぶりの来日に合わせて取材をさせてもらったのですが、知らなかった彼女の色々な面を知ることができ、改めて大好きになりました。島国で生まれ育ったわたしにとって、ひとつひとつが大きな決断のように感じることを軽々とやってのけること、常にベストな答えを貪欲に探す姿勢、そして何より出会った全ての人にまっすぐ、大きな愛情と共に向き合う姿勢は、本当に頭が下がります。とてもクレバーで優しい、全体を冷静に見ることが出来る。そんな彼女が刺しゅうを大好きで、刺しゅうをしていることにとても勇気づけられました。また、外国人である彼女が、日本をどのように見ているかという視点もおもしろかったし、誇らしい気持ちにもなりました。大切なもの、守るべきものはきちんと守っていきたいです。
今回の来日と取材で改めて刺しゅうに向き合う姿勢、関わる姿勢はもちろんですがその根底にある、よりよいものを、より良い関係をと全身で向き合う彼女の姿勢に見習うところがいっぱいで背筋が伸びました。
余談ですが、後日、久しぶりにラウラのワークショップに参加させてもらいました。魔法の針を操るのを見ているととても簡単に見えますが、やはりコツを習得するには練習が必要です。優しさとサービス精神、少しのスパルタをチャーミングに兼ね備えた数時間はとても楽しく有意義な時間でした。ぜひ、機会があったら参加してみてほしいです。
最近は、学校での授業が忙しい彼女ですが、また近くで作品を見られる日が待ち遠しい。もっともっと英語を勉強して、もっともっと彼女とたくさん刺しゅうの話がしたいと思った取材でした。
atsumi
Laura Ameba
チリ出身の刺しゅうアーティスト。バルセロナにてファッションデザインを専攻後、パリのエコール・ルサージュで刺しゅうを学ぶ。現在はチリで講師を行ないながら、日本を含む世界中で個展やワークショップを開催している。
刺しゅうを知る、楽しむ、新しいきっかけを
刺しゅうはきっと、普段の生活に関わるもののなかにひとつはあって、一度は触れたことがある、とてもありふれたもの。しかし、時に記憶の奥深くに残ったり、ものに対する想い入れを強くしたりもする、ちょっと特別なものでもあります。
どうして刺しゅうに惹かれたの?
SeeSew projectは、刺しゅうの作品をつくったり、ライフスタイルに取り入れたりしているクリエイターの方々にそんなことを聞き、改めて刺しゅうがもつ魅力を探るために立ち上げたプロジェクトです。幼い頃にお母さんからもらったもの、お子さんに施してあげたもの、親しい人からプレゼントされたもの。あなたの身近にありませんか?SeeSew projectで話をうかがった方々は意外と、何気ないことを機に刺しゅうに魅了されているようです。