Interview046

Aki Takahashi

Aki Takahashi

刺しゅうつながりの仲間に恵まれた

フランスでの日々。

July 20, 2023

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。幼い頃に刺しゅうを始め、フランス滞在中には異国の友人と手芸クラブを開いていたという高橋亜紀さん。フランスで過ごした8年間のエピソードや、使っている材料の歴史などについてお話を伺いました。


ーー高橋さんはいつ頃から刺しゅうを始めたのでしょうか。

奈良の田舎で育った子どもの頃は運動が苦手で外での遊びに不自由することが多く、手芸が遊びでした。刺しゅうやパッチワーク、マクラメにパン細工など、夏休みに連れて行ってもらう町のデパートの手芸売場が楽しみで1日中いることもありました。こちらは(写真上から2枚目)子どもの頃紙粘土で作ったパペットと手袋で作ったオオカミです。この頃からチェックが好きですね。小学校では手芸クラブに入り、出来上がったものを、叔母たちにプレゼントしたりしていました。

手芸には何か夢中にさせるものがあって、中学生の頃も勉強するふりをしてパッチワークをしたり、高校―大学時代は、糸手毬(ホビーラ・ホビーレのお店でした)や、メルシーといった地元の手芸店に通い、小さな布を集めてはちくちくと刺しゅうや縫い物を楽しんでいました。キルト作家の松浦香苗さんの布使いが大好きでした。ずっと布は買い続けていましたね。雑誌「Olive」にオ・タン・ジャディス、マチルド イン ザ ギャレット、マニーといったお店が紹介されていて。「なんてかわいいお店があるんだろう!」と感激したのもその頃だったと思います。

その後手芸とは関係のない仕事についたのですが、糸や布が好きで、出張先の手芸店やアンティークショップ、雑誌で見ていたお店などに足を運ぶのが楽しみでした。また、休暇の度にフランスへ旅するようになり、当時のフランスではクロスステッチが全盛期だったこともありデザインや色に夢中になりました。

ーーアンティークも昔から好きだったのでしょうか。

小さい頃からおばあちゃんが使っているものやフランス人形といった古いものが好きだったのですが、学生時代にいとこのお姉さんや仲良しのおばさまが骨董市通いを教えてくれたのが、アンティークに興味を持ったきっかけです。メキシコ料理店を営んでいたおばさまはお料理上手で、ご自宅に伺うと色鮮やかなメキシカンを古い日本の器で振る舞ってくださいました。とても素敵でした。骨董市に行くとお店に並ぶ商品よりずっと美しいと思える食器や道具がたくさんあるのが衝撃でした。一緒に京都や奈良のアンティークショップや骨董市を巡るのはとても楽しかったですね。

ーーその影響もあり、今もお部屋にアンティーク雑貨がたくさんあるんですね(写真上から3枚目)。フランスで暮らすようになってからはどのように刺しゅうと関わっていたのですか。

フランスに行ってすぐに地元の刺しゅうクラブに入りました。そのクラブ内で、どんな作品が素敵かでちょっとした揉め事が起こり(笑)。クラブをやめた人々が別のグループを作って、元々クラブが開かれていた月曜日に集まるようになったんです。私も「みんなに振舞ったちらし寿司が美味しかったから」という理由で引き抜かれて(笑)、毎週月曜日にそのグループに参加するようになりました。刺しゅうだけでなく様々なジャンルの先生を呼んで織物や藍染めのワークショップを受けたり、プールでエクササイズをしたり。一緒に旅行に行くこともありました。旅のテーマはいつも布や糸でした。最初の頃は言葉が不自由で億劫な気持ちが勝っていましたが、みんなが飽きずに面倒を見てくれて、フランスにいた8年間、生活のことも、刺しゅうのことも、本当に様々なことを教わりました。

ちょうどフランス滞在中に友人が素敵な本を出版したことや、今まで見たことのなかったフランスの手芸の色々を日本でも紹介したかったこともあり、ウェブショップを企画しました。多くの友人が助けてくれて情報が集まり、ショップの運営は日本の家族が助けてくれ、まだインターネット自体が始まったぐらいのタイミングだったので、フランスの手芸が熱を持って受け入れられたように思います。その後、家庭の事情もあって日本に帰国することになりました。そのうちフランスと日本の手芸の距離感も縮まり、同じような商品を扱うウェブショップが他にも増えてきたりして、フランスの商品を扱うことは今では少なくなりましたが、フランスの友人たちとの関わりは消えることなく、今でも大きな影響を受けています。帰国してからは、刺しゅう教室をはじめ、あっという間に10年以上が過ぎました。

ーーアトリエのレッスンはどんな感じでしょうか。

アトリエは、ありがたいことに長く続けてくださっている方ばかりで、私の時間的にもスペース的にも新しい方にお入りいただけない状況です。ただ、これから刺しゅうを始めたいという方にもぜひ刺しゅうの魅力を伝えたいという気持ちは多々あり、カルチャースクールでの講座を続けています。レッスンでは、「作例と同じように作りたい」と糸の色や本数、ステッチの種類などを事細かく聞かれますが、みんなもっと自由でもいいかなと思っています。どんな風に使うものか、なんのために作るものかを考えると材料と技法はおのずと決まってきます。講座では刺しゅうの技術を教えるというよりは、「使っている材料のことをよく知りましょう」ということを大切にしています。どうやって作られたものなのか、どこからやってきたのか、材料それぞれが違うのにも理由があるので、そういった面白さも味わってほしいです。

「かわいい」「面白い」「綺麗」な刺しゅうは好きなのですが、「すごい」刺しゅうというものにさほど惹かれません。きっと技術の集積に圧倒されてしまうからでしょう。人々がそっと手にとって、大切にしたくなるようなものを楽しみながら作る時間と場所であればいいなぁと思っています。

ーー高橋さんの作品と言えば赤いステッチが特徴的ですが、何か理由があるのでしょうか。

パッチワークには赤い刺しゅう糸を使ったレッドワーク(写真上から4枚目)というジャンルがあるのですが、まず、小さい頃に見たその影響があると思います。それから、フランスの骨董市で、非常によく見かける赤い糸だけで刺された様々な布の愛らしさに惹かれてやまないことでしょうか。好きが高じてサンプラーを集めるようにもなりました(写真上から5枚目)。赤い糸の刺しゅう作品はシンプルなものも多いのですが、それだけに布や糸が作られた時代のことや、ものが作られてきた過程がありありと伝わります。国が貧しくなったり豊かになったりすることで製品の品質も変わりますし、当時の女子教育の様子などもサンプラーを見るだけで分かります。それが興味深くて、ますます色々なものを探し求めるようになってしまいました(笑)。

ーー糸は特定のメーカーのものではなく、色々なものを使っているのでしょうか。

自分の作品を作るときは古い糸も新しい糸も使います。ただただ作りたいイメージに合わせて選びます。骨董市で集めた糸も、新しい糸も、色と状態を見て使っています。一方、仕事としての刺しゅうでは規格品を使いますが、限られたものの中でベストを探して作るということも、ミッションのようでやりがいを感じています。フランス製にこだわっているのではと言われることもありますが、国産のもの、他の国のものにもいいものがたくさんあるので、上手に活用していければと考えています。国産だとダルマ糸や絹の手縫糸などをよく使います。

ーー著書にも赤い刺しゅうをテーマにしたものがありますが、書籍を出すことになったきっかけを教えてください。

最初に出版した『刺しゅう図案帖』という本は、フランスから日本に一時帰国した際に、友人が出版社の方を紹介してくれたご縁で出すことになりました。かなり自由に作らせていただいて、今から見ると技術的には未熟ですが、視覚的な好みがよくでているなと思います。その後、糸と布の仕事を続けるうちに思うことが多くあり伝えたいことが増え、2冊目の『赤い刺繍とアンティーク・テキスタイル』は、あえて読むものを作ろうと、作り方のプロセス以外にも糸の話や図案の由来など、テキストをたくさん入れました(写真上から6枚目)。

様々な出版事情により書籍の制作には現在慎重になっていますが、図案集としての小冊子を作り続けています(写真上から7枚目)。オリジナルのもの、アンティーク図案のセレクションなどテーマを決めて作っています。

ーー高橋さんにとって、思い出に残っている刺しゅうはありますか。

昔、尊敬する作家でもある友人に刺しゅうを提供したことがあります。テキスタイルアートを作り続けている彼女が、黄、赤、青といった色をテーマにして様々な人々の刺しゅうの断片を繋いでいくという企画でした(写真上から8枚目)。「いつもの刺しゅうでいいのよ」という言葉で、黄、赤、青の植物を刺しました。一生懸命綺麗に刺したのですが、いろんな人のユニークな端切れの中で、真面目に浮いていました。「ああこんなふうに糸や布を楽しむことができるんだ」と羨ましいと同時に自分の作品を残念に思ったことがあります。フランスでは、「ああこんな風に人々は手仕事を楽しむんだ」と気づかされました。その方法は実に人それぞれで、私の考え方に大きく影響していると思います。

ーー初期のほろ苦い思い出ですね。高橋さんが今後やってみたいことを教えてください。

いつか刺しゅうやテキスタイルのイベントを。ウェブ上では色々なものをたくさん見ることができますが、実際に洋の東西を問わず美しいもの、面白いものがぎっしりと集まった場所を作ってみたいという夢はあります。さらに、ショッピングも楽しめる企画や場所があればいいのにと願っています。自分が主催したいというよりは、行きたい!ということでしょうか。もうひとつは、お話にもでましたが本を作りたいということです。小さな絵本のような、実用書ではない、糸と布の本を作ることができたらいいなといつも思っています。

text :藤枝梢
photo : 中矢昌行

取材後記

高橋亜紀さんのお名前を聞いて、パッと浮かぶのは、赤一色の刺しゅうです。はじめにどこで知ったのか記憶がはっきりとしないのですが、作品の印象はとても鮮明で素敵だなぁっと、小さな頃訪れたことのない外国に憧れるような気持ちで見ていたのを覚えています。迷いのない美しい線と、どこか懐かしいモチーフにぎゅっと心を掴まれました。

ご本人に初めてお会いしたのは、共通の知人を介してお食事をさせていただいた時でした。はじめてお会いするので、緊張して待っていましたが、そんな緊張はあっという間にどこかに行ってしまうくらい気さくに優しく色々なお話をしてくださいました。そんなお話をわたしだけが聞くのは勿体無いと、思い切って取材のお願いをし、今回実現しました。

まず、アトリエにお邪魔して、圧巻のコレクションの数々に大興奮!わたしも古いものや刺しゅうがだいすきなので、どこから質問していいのだろう!っと思いながらもあまりジロジロ、根掘り葉掘りいきなり聞くのも失礼かな?なんて様子を伺っていたのですが結局は我慢できずに色々と質問攻めにしてしまいました。兎に角、素晴らしいコレクションと、ただ集めるだけでなく、それぞれについて深く研究されていて糸や生地の作られた時代背景や歴史、その時々の傾向についても分析されていて、知識の豊富さには本当に驚きました。自分も古いものが好きで少し集めたりしていますが、点と点でしかなかったので感心しきり。自分の無知さや浅はかさが恥ずかしくなりました。

お話を伺って、興味深いことばかりだったのですが、特に印象深かったのが、フランスで暮らしていた頃、週に一度参加していたという会と生地へのこだわりです。外国暮らしに憧れがあることもありますが、年齢も生まれた場所も違う方々と毎週多くの時間を共有することで感じたり、経験したことが高橋さんの現在の活動や考え方にも大きく影響していると思います。それは、誰にでも経験できることではないので、こうやってお話を聞かせていただき想像を膨らませることはとてもワクワクする経験でした。

また、生地について自分は、刺しやすさや安定して手に入ることばかりを優先してしまっていたのかもしれません。高橋さんとのお話でも出てきましたが、お仕事として刺しゅうすることと、自分のために刺しゅうすることでは制限される条件の有無でかなり異なります。わたしももう少し自分のために刺しゅうしたり、試行錯誤する時間を増やしたいなっと思いました。そして、色々なことに興味を持って向き合い、本当にお忙しくされているのに、お話の中で『これが好きなの!』『楽しいよね』っという言葉がたくさんたくさん聞けたのもとっても嬉しかったです。

まだまだ聞き足りないし、高橋さんがお許しくださるなら、また続編も伺いたいです。

atsumi

Aki Takahashi

フランス滞在中に毎週、現地の友人と手芸クラブを開き刺しゅうを習得。帰国後は、アトリエ「Jeu de Fils(ジュ・ド・フィル)」やカルチャースクールなどで刺しゅうを教える。著書に『刺しゅう図案帖 暮らしの中のアンティーク』(日本ヴォーグ社)、『赤い刺繍とアンティーク・テキスタイル ヨーロッパの古いサンプラーと子どものための図案』(誠文堂新光社)。

http://www.jeudefils.com/